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2016.10.14

449 豊洲市場問題、五輪競技場問題の議論で抜けている事

豊洲市場問題、オリンピック競技場問題、が連日、テレビでとりあげられている.特に豊洲市場問題について、当ブログNO447で、明らかにすべき問題を述べているが、一向に疑問が解明されていない.そこで、テレビ報道などの議論で抜けている事を指摘しておきたい.

地下ピットを作った事の良し/悪しの問題

『盛土ナシを決めた人は誰か』と、あたかも『盛土ナシ』が悪い事だと決めつけて、犯人捜しをしているようだが、そもそも、盛土ナシの地下ピットを作った事が、良かったのか、悪かったのか、やむを得なかったのか、の追及がない.この評価なしに、犯人探しをすることは間違いである.(出来上がった地下ピットの問題点、改善策は市場問題プロジェクトで取り組み中)

 豊洲市場の『盛土ナシ』を公表しなかった問題

大問題は『盛土ナシ』を公表せずに、全敷地に盛土がされているから安全だと言い続けた事である.(事実と異なる事を言い続けた罪)この追及が出来ていない.これこそ、盛土ナシの評価と関係なく重罪である.

海の森でのボート、カヌー競技の適否の問題

海の森競技場はコンクリートで囲われたボート、カヌーの人工コースで、、消波、防風も行うと言う.成完成イメージ図を見ると、素晴らしい人工コースに見える.オリンピック後はマリンスポーツとしてボート、カヌーの人口を増やしたいと言うのである.

この海の森競技場は十分な比較検討と競技団体の賛同を得て、決定したと言うが,その検討内容は公表されていない.しかも、海上のコースに反対する選手も多い.1年ほど前に、日体大ボート部が海の森で、走行した時、横風が強くて、競技にならない、と言う.更に、海の森競技場はレガシーにもならないとも言う意見もある

海上での競技に問題はないと言う人は、ボート、カヌーはタイムではなく着順で競う競技だから、若干の波、風の影響で運、不運があっても、問題はないと言うのだが、はたして、そうなのだろうか.

このように、賛否が分かれているのだが、不思議な事に、海の森でボート、カヌーの走行テストが、どの程度、行われ、どんな評価がされているのか、さっぱり聞こえて来ないのである.

又、海の森の水質、波、風の根本的問題に対し、技術的に解決できるとしているが本当だろうか.もし、ボートやカヌーがひっくり返って、競技どころでなくなったら、数百億円の損失どころか、日本の信用が地に落ちるのである.

こんなに重要な事であり、今からでも,公式の走行テスと、その評価による改善策及び、その実現性を検証すべきだと思う.この結果で問題がないなら、海の森は初めて競技場の候補地になり得るのである.その意味で,海の森は現在、候補地にもならない状態だと思う.

④臨海開発目的のボートカヌー競技場、豊洲市場の誘致の問題

築地市場の豊洲への移転、ボートカヌー競技場の誘致が、いづれも臨海地域の開発ありきで、問題点を無視して、決定されているのではないか、との疑惑がある.たとえば、双方とも下記の様な類似点があるからである.

・豊洲の土壌汚染、海の森の水質、波、風の問題、を解決出来るとしている点.
・豊洲も、海の森も、有利になるように候補地との比較表が作られている点.
・当初見込みの費用が増大している点(問題の隠蔽と当初費用の偽装)
・開発費用増大で、将来にわたって、都のお荷物になる可能性が高い点.

もしそうであるなら、海の森も、豊洲市場問題と同じ轍(失敗)を踏むことになる.しかも、オリンピック競技は豊洲市場の様に延期は出来ないだけに、大問題になる可能性がある.その意味で競技場の選定見直しは極めて重要だと思う.

⑤オリンピックのコンパクト化の問題と今後のオリンピックの問題

選手村を中心に各種競技場が配置されると言うコンパクトオリンピック構想が今も求められ、選手村の交流こそがオリンピックの目的だ、とまで言う人もいる.

巨大な選手村での交流を錦の御旗に言う人は、競技場建築や,集中による周辺設備に、莫大な費用が掛かっても、プレーしにくい競技場であっても、選手村に近ければよいと言うのだろう.海の森を主張する人にも聞いてみたい.

1万5千人の選手村の方が小規模の分村より、交流ができると、なぜ断言するのだろうか.どんな交流をイメージしているのか不明だが、むしろ、小規模の分村の方が交流しやすいかもしれないし、そう言うアスリートもいるかもしれないのである.

私見だが、1.5万人の選手村を1か所に作る事にぞっとする.将来の都市を夢見ているのか、政治家や大手ゼネコンが考えそうな事である.私見によれば、埋立地の防災や都市の負荷分散を考えるなら、分散した都市開発に向けた選手村建設の方が将来、有効なレガシーになると思うのである.

更に言えば、1万5千人の選手村を中心に、オリンピック競技場を集結させる、コンパクトオリンピック構想は,多くの競技施設を新設することになったり、開催国に人気のない競技施設を作る事になったり、莫大な費用が発生するのである.これではコンパクトオリンピックを誘致できる都市はほとんどないと思われるのである.

東京への誘致合戦のとき、無防備にも、コンパクトオリンピックを提案した事は大きな間違いだったと思うが、現実的に、コンパクトオリンピック構想はどの開催国でも不可能だと分かったのだから、多くの都市で開催できるように、いろんな基準を改革すべきだし、東京はそれを追求すべきだと思うのである.取りあえず東京では競技場の客数基準をへらす取り組みが必要だと思う.

将来的には、オリンピックの開催を都市から国に変えるとか、競技場の観客数の基準を現在の半分くらいにするとか、プロの世界的大会がある競技(野球、ゴルフ、サッカー、等)はオリンピックでやっても顔ぶれが変わらいのだから、やる必要がないとか、検討事項は多いと思うのである.

そもそも、オリンピックの肥大化、社会やスポーツビジネスの国際化で、オリンピックの歴史的役割は少なくなり、競技別世界大会が主流になっていく感じがするのである.

⑥競技場問題

国立競技場問題に始まって、各競技の競技場問題が落ちつかない.既にコンパクトオリンピックの看板を下ろすような他県への変更が進められたり、最近では、海の森、有明アリーナ、アクアテクスセンターの新規開発が問題視されているのである.今後も、すでに決定された競技場の費用負担問題や、建築、周辺設備の費用問題で、まだまだ、競技場問題は波乱含みである.何れも、進め方において、五輪推進体制の問題が影響しているのと思う.

そんな中で、莫大な費用の伴う、海の森水上競技場、有明アリーナ(バレー競技場)、アクアテスセンター(水泳)の新規開発に対し、競技場の変更もしくは費用削減が議論されている.新規開発の主張はおおよそ次の通りである.

①コンパクトオリンピックを標榜したのだから、東京都の中で新規開発をすべだ.
②将来の聖地として世界に通用する競技場を東京都に持ちたい.
③素晴らしい競技場で、選手強化やスポーツの活性化を進めたい.
③負のレガシーにならない様、競技大会や練習を誘致したり、イベント使用で収益をあげたい.

新規開発を決めた経緯、理由がブラックボックスだ、スポーツの活性化を言うなら、全国に競技施設を充実したり、選手育成に使うべきだ、東京一極集中はやめるべきだ、レガシー資産にするためにスポーツ以外のイベントトを誘致すると言うなら、イベント施設に公金を使ってよいのか、とにかくいい加減な費用見積もりで、お金に無頓着だ、等々、新規開発に批判が多いのである.

これらの競技場の問題は,国立競技場の問題と同じ事を繰り返しているだけに、本当にオリンピックが開催できるのか心配である.⑧で述べているように、開催都市東京都を中心に、ビシッと仕事をする体制を早期に作るべきだと思う.繰り返すが、公金使用の責任がない大会組織委員会に競技場問題を任せていたら,問題は解決しないと思う.

⑦これまでの都議会の検証(チェック機能が働いていたのか)

豊洲市場、オリンピック競技場、それぞれに関して、都議会の過去の審議・議決内容がレビューされていない.過去の決定が正しかったか、このレビューが無ければ、見直し検討が出来ないからである.これはフィードフォワードの基本である.これをやらないから、一度決まった多くの公共事業が間違ったまま,突っ走る事になるのである.

今回、豊洲にしても、オリンピックにしても、都議会に、このような動きがない事は,全く無責任だと思う.もし、過去の議決が間違っていた、或は、状況が変わった、と判断するなら、修正した議決をしなければならないのである.

又、今回の小池都知事の五輪予算見直し、ボート、水泳、バレーボールの各競技場見直し、に関しても、都議会の反応がない事も極めて不可解である.都知事と都議会が相輪と言うなら、無反応は許されないのである.

三競技場の見直しに反対する人は、2年間かけて充分審議し会場を決定したと言うが,その内容が公開されていない.まさに、ブラックボックス状態である.それだけに、過去の決定に疑念を持つのである.

豊洲市場問題も、オリンピック問題も、小池都知事(都政改革本部)から、鋭い指摘を受けて、都議会は恥ずかしくないのだろうか.正直言って、都議会、都議会議員は何をしているのだろうか.東京都庁職員に騙された、我々も被害者だ、とでも言うのだろうか.

⑧東京五輪体制(予算負担体制)の問題

既に、当ブログでも発信しているが、依然として、大会組織委員会と東京都とが対立している.その原因は今や多額の税負担なしにはオリンピックは開催できないのだから、当然、東京都に権限が移らざるを得ないのである.東京都としては金を出すが口を出さない、と言うわけにはいかないのである.東京都としては、納税者に対して、納得の行く税金の使途を決めなければならないのである.

一方、政治介入を排除し、民間事業として独立採算で開催し、その推進を大会組織委員会で行う、と言うオリンピックの理念が残っている.この理念に基づいて、現在の大会組織委員会が編成されているのである.組織委員長の認識もこれに沿っているようである.

しかし、この理念は、とっくに崩壊し、オリンピックは公共事業(政治介入)になっているにもかかわらず、大会組織委員会の役割や認識が変わらなければ,当然、東京都と対立するし、結果、五輪推進組織全体が曖昧になるのである.この問題は日本だけの問題ではなく、IOCは現実に合った理念を作るべきだと思うのである.

いずれにせよ、現実的には、予算負担元が推進母体にならざるを得ないのである.したがって、主催都市の東京都が実質の推進母体になる事は当然なのである.大会組織委員会はIOCの窓口機能と五輪運営事業に分離(法人化)することにすべきだと思う.

そこで、東京都、競技が行われる他県、国、で予算の持ち方を決め、それに対応した体制を作る事が求められているのである.繰り返すが、税金を使う以上、それに対応した五輪組織にすべきだと思うのである.

大きな事業をやる時、どんな大義があろうと、先ず、お金をどうするか、を考えてから計画を作るのである.お金のことを棚に上げて、理想や大義を求めることはプロのやる事ではないと思う.財源のない理想は絵に描いた餅でしかないのである.その意味で、東京への五輪誘致時点から、大間違いをしているのである.

今回の豊洲市場問題も、東京オリンピック問題も、『無責任な放漫経営国家』、『社長も財務部長も、いない国家』、『市民,国民に嘘を言う国家』の性格が露呈した感じがするのである.無駄な公共事業が非難された時があったが、あれ以来、久々に覚える感情である.

以上、8点を追求する事が、フィードフォワードに繋がると思うのである.

ちなみに、フィードフォワードとは、これまでの問題点を検証し、積極的に今後の政策に生かして行く考え方であり、個々の改善をイメージするフィードバックより、政策的、未来的、な視点を持つとして、この言葉を使っている.

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