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2016.12.22

455 東京五輪4者協議会の感想

12月21日、東京五輪4者協議会が開催され、組織委員会から、次の発言があった.

①オリンピック総額費用について(第一次概算見積)

・ハード  6800億円(恒久施設 3500億円、仮設 3300億円)
・ソフト  8200億円(運営費)

・予備  1000億円~3300億円

・合計 1.6兆円~1.8兆円

この発言に対し、協議会としては、過去の3兆、2兆、と言う数字をリセットし、今後、この数字がベースになって,マネージメントされるとした.

都知事より、予算の一元管理体制を作りたいとの発言があった.IOCより、縮減への感謝と、更なる縮減を要望された.

②予算分担について

組織委員会が5000億円負担するので、残り、1.1兆円~1.3兆円を東京都、準会開催自治体、国でどのように分担すべきか早期に決定すべきだと発言.

この発言に対し、都知事より,東京都、組織委員会、国で1月より検討に入りたい、との発言があり、了解された.

私の感想

この4者協議会を聞いて、依然として,組織間のもやもやを感じたので、述べてみたい.

① 組織委員会の姿勢への疑問

組織委員会は,これまで、IOCの出先として、オリンピック全体を取り仕切るような発言をしてきたが、その姿勢は今でも、変わっていない.相変わらず,競技場や運営に関して、組織委員会が仕切り,その費用は行政が負担すると考えているようである.構図的には組織委員会の下に東京都や国があるような態度である.

しかし,現実はオリンピックの収入の何倍もの公金が必要であり、もはやIOC,組織委員会が意図する独立採算事業ではなく,行政が仕切る公共事業になっているのである.

従って、行政の下部組織として組織委員会が位置づけられるのである.当然、オリンピックと言う公共事業への公金支出は、都知事、都議会、あるいは政府、国会の判断で行われるのであって,IOCや組織委員会が勝手に公金の額、使い道を決める事は出来ないのである.

この当たり前の構図からすると、全体予算を組織委員会が発表する事、事態がおかしいのである.本来なら、行政の判断に基づいて、都知事、もしくは、政府が発表するべきなのである.

更に言えば,今回の組織委員会の説明で,組織委員会が”5000億円負担するから、残り,1.1兆~1.3兆は行政が負担せよ”は間違いである.

正しくは,”5000憶はオリンピックの
収入見積額であり、この公金である収入を組織委員会の活動費に勝手に使ってはならないからである.組織委員会の活動費は更なる削減に向けて,1.6兆~1.8兆の中に位置づけられるのである.

どうやら組織委員会は自分たちの収入で自分たちのやる運営費に供されると勝手に思っているようである.独立採算の事業だとの幻想がまだ残っているようである.

今回、出された数字は次の算式が出来ただけである.

総額(1.6兆~1.8兆)-収入(5000憶)=公金負担額(1.1兆~1.3兆)

この算式で、総額をどう減らすか、予備費をどう見るか、収入をどう増やすか、その結果、公金負担額が有効性から見て納得されるのか、の評価になるのである.公金負担額の分担は次の議論になるのである.是非、3者協議会で,この議論をして欲しいのである. 

以上の様に、依然として、IOC、組織委員会の認識、役割と行政の認識、役割とが噛みあっていないのである.

② 政府の姿勢への疑問

そもそもオリンピックを東京都が招致したのだから、”国の負担を要求する場合は国でなければならない理由を東京都が説明する事が大事だ”と相変わらずオリンピック担当大臣は言うが、全く役人根性そのままである.IOCの陳腐なスキームを盾にした発言だと思うが、オリンピック開催は他人事のように考えているのである.

IOCのスキームがどうあれ、東京オリンピックは日本全体に有形、無形の効果を上げる為に開催されるのであって,国を挙げての事業である.この認識が無ければオリンピック担当大臣は失格である.IOCと国が契約しているほどの認識が必要だと思う.

従って、政府としては、日常以上の安全対策の充実は勿論だが、東京オリンピックの目標をもう一度共有し,その為の財政出動や,東京都、準開催自治体の財政支援も積極的に考えるべきだと思うのである.現在の政府の姿勢は最大の課題かもしれない.


実質予算の分担案

1月から東京都、組織委員会、国で協議することになったが、
次のような分担案はどうだろうか.バランスが取れていると思うが.

・ハード(新設、仮設)は所有自治体、国が負担
・但し,仮説費用は国が負担(特別交付金等)
・ソフト(運営費)は内容ごとに東京都、組織委員会、国が負担
・予備費(想定外費用)は国が用意
 

本来なら、予算の分担問題はオリンピック予算策定前に決めて置く話だと思うが、オリンピック予算が、どれくらいになるかわからない段階で、分担方式を決める事は現実的ではないとも感じるのである.そこで、大枠のオリンピックの予算を見て、上記の案を考えたのである.この考えで、具体的な分担内容を議論したらどうだろうか.

④ この実質予算額(1.1兆~1.3兆)が評価できない問題

根本的な問題だが、

前ブログ 454 東京五輪の財政負担が納得される条件(16・12・06)

でも述べているが、国民や都民が納得できる条件(有形、無形の有効性)が述べられていない事から、実質予算額を評価できないのである.

そもそも東京オリンピックの目的がはっきりしていない事が大問題なのである.早急に、国民、都民が共有できるコンセプトを示すべきである.

又、オリンピック予算と言っても、一般の公共事業に付け替えられたら、オリンピック予算は守られたように見えるが、実際は増大することになる.逆に、オリンピック予算になんでも突っ込まれたら,公金が無駄に使われる事になるのである. 

れでは実質予算と有効性の評価が出来なくなるし、オリンピックの予算管理も空洞化するのである.そんなことにならない様、透明性をもって、しっかり管理すべきだと思うのである.

何れにせよ、民主主義の基本は、実質予算額を都民、国民に納得してもらう為には効率化内容や有形、無形の有効性を説明する事である.当然、議会の審議には不可欠である.

以上、感想を述べたが、やっぱり、日本は,巨大プロジェクトの組織化や役割体系化が不得手で、不確実性ばかりが言い分けのように聞こえてくるのである.

全体構想問題、国立競技場問題、エンブレム問題、オリンピック組織体制問題、予算問題、等々に引き続いて、まだままだ、問題が続いて出そうである.



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2016.12.06

454 東京五輪の財政負担が納得される条件

依然として,オリンピック関連の財政負担の大きさに不透明感があり、国民も都民も財政負担の評価ができない状況におかれている.オリンピックが終わるまで、財政支出の額が分らない事態になるのだろうか,これでは,東京の財政が後の祭りになりかねないのである.

東京都、組織委員会、政府は早急に,財政支出の考え方、規模、有効性について、国民、都民に示す必要がある.これは民主主義における,政治,行政の基本中の基本だと思うからである.

そこで、評価判断できる財政支出の条件をまとめてみた.果たして,どのような検討結果が示されるのだろうか.

1.競技場に関する財政支出が納得される条件

競技場の準備に関する財政支出については、次の検討結果を示す必要がある.

①既存の競技場を利用する場合

スリムなオリンピックを開催する為に、先ず、既存競技場の適否の判断を最優先で行い、競技場毎に判断結果、財政支出規模、負担元、を公表する必要がある.判断に当たっては、新設ありきの既存競技場評価には要注意である.

②新規に競技場を建設する場合

既存競技場の利用が出来ない場合、新設となるが、当然、オリンピックの為だけではなく、将来にわたって、その資産が有形、無形,含めて,有効性があるかどうか、新設、維持管理費の軽減が図られているかどうか、が重要になる.

財政負担の軽減策として,機能削減による費用削減、既存資産の売却による財源確保、あるいは、オリンピック後の新設競技場の転売、もしくは、利用権売却、等の検討が必要である.

この議論なくして、都民,国民の承認は得られないし、将来に大きな負の遺産を残すことになるのである.

現在、競技場関連(ハード)で1兆円かかると言われているが、財政負担の軽減策や新設の有効性が説明されていないと思う.早急に、軽減策を踏まえた競技場毎の財政支出規模、将来の有効性を明らかにすべきだと思うのである.

2.オリンピック運営に関する財政支出が納得される条件

オリンピックの運営費用はまさに費用であり、運営収支が赤字になれば,その赤字額は財政を直撃することになる.この運営収支は競技施設を無償で使うとすると,下記のように算出される.

オリンピック運営収支=オリンピック関連売上ー運営費ー仮設費用

現在、ロゴ使用料、放映料,入場料、グッズ販売の売り上げは、5000億程度と言われている.一方、運営費、仮設費、は1.3兆程度かかると言われているのである.したがってオリンピック運営収支は8000億の赤字と言うことになる.

この8000億の赤字を財政支出で賄うことになるのだが、オリンピックの大義,意義,経済効果,税収増,等,有形,無形の有効性を考慮して、国民、都民が納得できる負担なのか、どうかが評価される.

今のところ、この問題が話題に挙がっていないのだが、この赤字負担は財政を直撃するだけに、大問題になると予想される.しかも、記1.3兆は,なんの根拠もない、無責任な数字だけに、当然、大幅な運営費の削減が求られる事になる.早急な見積もりが必要である.

以上1.2.のように,大雑把であるが,今後の費用削減が無ければ、総額2.3兆円の支出に対し、5000億の売り上げで、1.8兆円の財政負担になるのである.

この1.8兆円の負担が,オリンピックの大義,意義,経済効果,税収増,等,有形,無形の有効性を考慮して,国民,都民が納得できるかどうかが最大の争点になるのである.

是非、この収支について、積算結果を公表すべきである.

3.私見での試算

競技場関連の資産支出を2割削減し、8000憶、オリンピック運営収支は運営費用の3割削減で9000億、収入5000億として、差し引きオリンピック運営費の収支は4000憶の赤字,とすると,全体の財政負担は競技場関連で8000億、オリンピック運営収支の赤字4000億、都合、1,2兆円がトータルの財政負担となる.

この1.2兆円の財政負担に対し、有形、無形の有効性で国民や都民が納得するかどうかが最終的な争点になる.勿論、納得性は向上すると思うだけに、上記削減を実現すべきだと思うのである.

以上、メリハリのある財政支出をすべきだが、あんまりにも、遅すぎる感じがするのである.そもそも、国立競技場問題、エンブレム問題、で、組織作りとマネージメント力に大きな心配をしたのだがその心配が払しょくされないまま、まだまだ、大きな問題が目の前に迫っているのである.つくづく、日本の巨大プロジェクトのマネージメント力の弱さを感じるのである.

4.最後に、東京オリンピックの検討状況を通じて,感じた事を述べておきたい.

①オリンピックの開催は開催都市とIOCの契約によって、行われる.事になっている.したがって、国内組織は開催都市の配下で、組織委員会、等の実施組織が編成される.決して組織委員会が税金の使い方を決めるわけではないのである.

一方、オリンピックが政治に利用されない為に、民間のイベント事業として、オリンピックを開催する事をIOCの理念にしているが、現実は、巨額の公金が投入される事から、政治介入なしには開催はできない状態になっているのである.

従って、今やオリンピックの開催はIOCと国の契約で行う方が現実的だと思うのである.そうすれば、国内の各地で競技が行えるのである.勿論、財政、設備の負荷分散も可能になるのである.

そもそも、1.5万人の選手村を作り、その周辺で競技をやる事がオリンピック理念に適っている、などと言う理念は間違っていると思う.世界各国の交流の場にする為に、1.5万人の選手村が必要なのだろうか.選手村を分散すると交流の場にならないのだろうか.恋流とは何をさせたいのだろうか,本心は強大な建築物を作りたいだけかもしれないのである.

IOCはスリムなオリンピックを実現する為に、競技場の観客数や設備の規定を緩和し、国情に合った開催が出来るようにすべきである.

③近年、競技別の世界大会が世界各地で開催されている事やオリンピックの巨大化から、オリンピックの役割は終わっている感じがするのである.これからは、競技別世界大会を世界各地で行う事の方が理に適っているように思うのである.

少なくとも、サッカー、ラクビー,テニス,ゴルフ、野球、,等,のプロ選手がオリンピックに参加できる競技はオリンピックには不要だと思うのである.世界レベルのプロの競技大会があるからである.アマチュア(アマチア規定がいるが)だけの競技にすれば別だが.

④頭をかすめる事がある.招致決定で日本は歓喜の声をあげたが,実は、IOCに乗せられていたのではないか、競合したトルコ、イスタンブールの国情を見れば、とてもオリンピックなど開催出来る状況ではなかったからである.

その事を知らずに、日本は招致を決める為に、実現できそうもないオーバーコミットまでしてしまった感じである.IOCは開催できる都市がない中で、まんまと、日本を乗せる事に成功し、しめしめと思ったのではないか、と勘繰るのである.

後の祭りかも知れないが、それならば、日本は、もっと強気に、IOCに接しても良いのではないかと、今でも思うのである.IOCにべったりの組織委員長はどっちを向いて仕事をしているのだろうか.

雑駁だが、そんな事を思わせる東京オリンピック問題である.

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2016.12.03

453 韓国の激震を考える

今、韓国に激震が走っている.

韓国は1997年の通貨危機以来、ウオン安の中で、財閥による重点的投資によって、サムスン電子、現代自動車、LG電子、ポスコ(鉄鋼)、現代重工業(造船)などの世界企業を作り上げた.これらの企業によって、2014年には輸出依存率50.6%、GDP世界13位(1兆400憶ドル)と驚きの発展を遂げたのである.

この財閥中心の国家運営が、国民の熾烈な競争や格差を拡大しさせ,コネ社会や利権構造にも反感を抱き,これに経済や外交の先行き不安も加わって,国民は政府への不満を募らせていたのである.これに朴大統領のスキャンダルが加わって,大規模な大統領退陣デモに発展して行ったのである.

大規模なデモで韓国の政治が大きく変わる事は過去にも何回かあったが、国会の政策議論や選挙等の法的手続きより、国民の大規模なデモが優先する韓国流の民主主義を感じるのである.

その為か、率直に言って,大統領が、どんな失政や不正をしたのか,今後の韓国社会をどうしたいのか、政治体制や政策をどうしたいのか,よくわからないまま,大統領退陣騒動が起こっているように感じるのである.

そんなわけで、この騒動で生まれる次の政権が、日本,米国,北朝鮮,中國,ロシア,の外交政策に、どんな影響を与えるのか、予想が絶たないだけに、韓国政治の動向から目が離せないのである.

そこで、この機会に勉強を兼ねて、韓国政治の近代史を整理してみる事とした.整理に当たっては、Wikipediawを引用した.

①日本への併合から南北朝鮮時代に至る経緯

1392年から1910年にかけて朝鮮半島に存在した李王朝は1894年の日清戦争後、清王朝の支配から離れ、近代国家に向けて,李王朝は1897年に国号を大韓帝国とし,君主の号を皇帝と改め、以後日本の影響下に置かれた.

1904年、日露戦争の翌年、第二次日韓協約で日本の保護国となり、1907年、第三次日韓協約で、内政権を移管した.そして、1910年、日韓併合条約で,大韓帝国は日本に併合され,朝鮮民族の国家は消滅したのである.国際的に併合の合法性を問題視する国はなかった.

太平洋戦争末期の1945年2月,ヤルタ協定でソ連と米国は、日本敗戦後、朝鮮半島を南北に分断する事を密約したのである.その上でソ連は8月9日(8月6日,広島原爆投下、8月9日,長崎原爆投下)日露不可侵条約を破棄し、日本に宣戦布告したのである.

1945年8月15日、大日本帝国がポツダム宣言の受託を宣言し,日本は米国の統治下におかれたのである.同時に、朝鮮半島は北緯38度以北(北朝鮮)をソ連軍、以南(南朝鮮)を米軍に、それぞれ占領されたのである.

同時に、ソ連は満州に侵攻し、日本人(50万人~)をシベリアに連行し、極寒の中で強制労働を課し(1956年国交回復まで続く)、名簿で確認できる人だけでも,4~5万人の死者を出したのである.又、ソ連は、8月16日には日本領南樺太、千島列島、北方4島に侵攻し,占領したのである.

このようにソ連は、広島、長崎への原爆投下で瀕死の日本に対し、8月9日、日露不可侵条約の破棄と日本への宣戦布告をし、日本の無条件降伏の翌日、戦利品として、50万人のシベリア連行を開始しと,南樺太,千島列島,北方四島を占領したのである.一週間の出来事である.

南北に分断された朝鮮半島はその後、信託統治について、米ソの協議が行われたが決裂.1948年8月13日、李承晩(リショーバン)が大韓民国政府樹立を宣言.実効支配地域を北緯38度線以南の朝鮮半島のみとしたまま大韓民国が独立国家となったのである.

南朝鮮単独で大韓民国が建国された翌月の1948年9月9日,大韓民国の実効支配が及ばなかった朝鮮半島北部は金日成首相の下で、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)として独立したのである.

互いに朝鮮半島全土を領土であると主張する分断国家は、それぞれが、朝鮮統一を掲げて対立し,1950年6月25日、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)は韓国との境界であった北緯38度線を越えて南下を開始し,朝鮮戦争(韓国動乱)が勃発した.

その頃,弱体であった韓国軍は敗退を重ね、釜山周辺にまで詰められた.西側諸国は国連軍を結成し、韓国軍と共に後退戦を戦い,北朝鮮軍の戦線を崩壊させ,反攻に転換した.

韓国軍・国連軍は敗走する北朝鮮軍を追っていたが、これに中国が義勇軍を派遣し,北朝鮮の支援を開始、韓国軍・国連軍を南に押し戻し,再びソウルを占領した.

その後、北緯38度線付近で南北の両軍は膠着状態になり,戦争で疲弊した米国と北朝鮮は19512年7月10日から休戦合意を巡り協議を開始した.

2年間に渡る協議の末,1953年7月27日、朝鮮戦争休戦協定を締結を以って大規模な戦闘は停止した.ただし、韓国政府は休戦協定に署名しておらず,戦争自体も協定上停戦状態のままとなったのである.

この戦争により、朝鮮半島の殆ど全域が戦場となり,インフラや文化財の焼失、戦闘での死者のみならず,双方とも敵の協力者と見なした一般市民の大量処刑を行うなど,物的,人的被害が著しく,国土は荒廃した.また,38度線がが引かれた事により朝鮮半島が分断が確定的となり、朝鮮統一問題が南北朝鮮の最重要課題となったのである.

②李承晩(リショーバン)時代

 1948年に初代大統領に就任した李承晩は、日本から戦争賠償金を獲得するために「対日戦勝国連合国の一員)」としての地位認定するよう国際社会に要求したが、連合国からは最終的に認定を拒否され、1951年,日本国との平和条約を締結することができなかった.

そのため、李承晩は李承晩ラインの設置(1952年)や竹島の占拠(1953年)によって一方的に武力で日本の主権を奪う政策に出た.

一方、国内では朝鮮戦争という危機的状況下でも権力を維持し,戦争中に釜山へ移転していた政府を休戦後に再びソウルへ戻した.

朝鮮戦争後,李承晩は政敵の排除や反政府運動に対する厳しい弾圧とともに,権威主義的体制を固めていった.しかし、経済政策の失敗で韓国は最貧国の一員に留まっており、権威主義的な施策もあって人気は低迷していった.

そのため,不正な憲法改正や選挙など法を捻じ曲げての権力の維持を図ろうとしたものの、1960年4月19日の学生デモを契機として政権は崩壊し(4月革命),李承晩はハワイへ亡命したのである.

③朴正煕(パクチョンヒ)時代

李承晩失脚後は、張勉(チョンミヨン)内閣の下、政治的自由化が急速に進展したが、学生を中心とした北への合流を目指した南北統一運動が盛り上がりを見せるに至り、危機感を抱いた朴正煕少将を始めとした軍の一部が1961年5月16日クーデターを決行し,国家再建再興会議 が権力を掌握した.

第三共和国憲法の承認後、朴正煕は1963年10月,大統領に当選 した.19732年,野党勢力の伸張により政権の合法的延長が難しくなった朴正煕は10月17日,非常厳戒令を発し憲法を改正(第4共和国),大統領の直接選挙を廃止して,自らの永久政権化を目指した.

「維新体制」と呼ばれるこの時期には反対派に対する激しい弾圧により,政治的自由が著しく狭まったが,1979年10月26日、側近の中央情報部長により、朴正煕は暗殺された.

朴正煕時代は強権政治の下,朝鮮戦争以来低迷していた経済の再建を重視した.朴政権はベトナム戦争への参加を通じて,アメリカから特需を獲得した他、日韓関係の正常化を進めて,1965年に日韓基本条約を締結するなどして日本から援助を引き出し,産業インフラヘの投資を進めて「韓江の奇跡」と呼ばれる経済の急成長を実現した.

一方で朴政権は人材登用や産業投資に際し,自身の出身地である慶尚道を優遇し,全羅道に対しては冷遇をしたため、慶尚道と全羅道の地域対立,差別の問題が深刻になった.この問題は今に至るまで解決していない.

④全斗煥・盧泰愚(チョンドウハン、ノテウ)時代

朴正煕暗殺により、急速に規制が解かれた韓国の政治はソウルの春と呼ばれる民主化の兆しを見せたが,1979年12月12日より始まった粛軍クーデターにより、全斗換陸軍少将を始めとした新軍部が軍を掌握した.

新軍部の権力奪取の動きに対して、反対運動が各地で発生したが,1980年5月17日,非常戒厳令拡大措置が発令され、政治活動の禁止と野党政治家の一斉逮捕が行われた.

5月18日,光州では、戒厳軍と学生のデモ隊の衝突が起こり,これをきっかけに市民が武装蜂起したが5月27日,全羅南道道庁に立てこもる市民軍は、戒厳軍により武力鎮圧された(光州事件).

新軍部は朴正煕暗殺後に大統領の職を引き継いでいた崔 圭夏(チェギュハ)を8月16日に辞任させ、全斗煥が大統領に就任し,憲法を改正,翌81年2月25日に行われた選挙により全斗煥が大統領に選出された.1987年,大統領の直接選挙を求める6月民主抗争が起こり,与党の盧泰愚大統領候補による6.29民主化宣言を引き出されため,大統領直接選挙を目指した改憲が約束された.

しかしながら,12月に行われた大統領選挙では、野党側の有力な候補が,金 泳三,金大中に分裂したために、全斗煥の後継者である盧泰愚が大統領に当選し,軍出身者の政権が続くこととなった.

全斗煥,盧泰愚の時代は,軍政に反対する民主化運動とそれに対する弾圧の激しい時代であったが、朴正熙時代から引き続いた高度な経済成長とソウルオリンピックの成功、中華人民共和国やソビエト連邦との国交樹立、国際連合への南北同時加盟などにより新興国工業経済国として韓国の国際的認知度の上がった時代でもあった.

⑤文民政権時代

金泳三(キムヨンサム)、金大中(キムデジュン),盧 武鉉 (ノムヒョン),李明博(イミョンパク)、朴槿恵(パククネ)の大統領時代

1990年,金 泳三の率いる統一民主党が金 鍾泌の率いる新民主党とともに盧泰政権の与党である民主正義党と合同し、巨大与党である民主自由党が発足した.金泳三は1992年大統領選挙に民主自由党の候補として出馬し当選した.金泳三は久しぶりに軍出身者でない文民の大統領であったが,旧軍事政権と協力したために実現したものだった.

しかしながら、金泳三政権時代に、全斗煥,盧泰愚元大統領らに対する軍事政権下の不正追及が開始された.

1997年の大統領選では,長年に渡って反軍政・民主化運動に関わってきた金大中が大統領に当選した.金大中政権に於いて民主化,自由化は本格化し,国家安全企画部の改組,民主労総の合法化などが行われた.

民主労総を支持基盤とした民主労働党が結成され,後に国政進出を果たした.対北朝鮮政策も「太陽政策」の下、2000年6月に、南北首脳k会議実現させ,分断された鉄道の連結や経済協力など南北融和が進み、近い将来の統一の期待を膨らませた.

金大中は日本文化の開放も進め、日韓ワールドカップの共催を頂点に日韓の友好ムードは高まったのである.

2002年大統領選挙当選した盧 武鉉は支持基盤的に金大中の後継であり,政策も引き継いだ..2007年大統領選に当選した李 明博、2012年大統領選挙でに当選した朴 槿恵により、再び政権は慶尚道系保守勢力へ戻り、各種政策も揺り戻しが起こっているが,民主的政体(文民体制)が続いているのである.

一方、李 明博、朴 槿恵、は韓国内反日勢力の圧力から、歴史認識問題、竹島、慰安婦問題、を取り上げ,ナショナルズムを煽り、反日攻勢をかけ、日韓関係に亀裂が走った.そして今年、朴 槿恵大統領のスキャンダルが韓国社会への国民の不満に火をつけ、退任に発展する事態になったのである.

以上、極めて大まかに韓国の近代史を整理した.

上記史実にある様に、日本統治後の朝鮮は、米ソの戦後処理によって、南北の分断国家として誕生した.その後の厳しい朝鮮戦争を経て現在も、依然として、南北の緊張関係は続いているのである.

そんな中で、韓国は安全保障では西側陣営に属し,韓米同盟を結び、北朝鮮、中國、ロシアと対峙しているのである.一方、中國経済の拡大によって,政治、経済の対中接近が行われ、対中貿易が全体輸出の3割を占めるに至ったのである.

しかし、昨今の中国経済の鈍化の影響で、韓国経済に大きな影響を与えているのである.又、ロシアは韓国の対中、対米、対日の状況をみながら,,権益の拡大を虎視眈々と狙っているのである.

日本の併合以前の歴史においても.清王朝、ロマノフ王朝、日本、或は、露,英,米,仏,等の列強が、朝鮮半島の利権を求めて、李王朝に押し寄せていたのである.日本の日清、日露の戦いも朝鮮半島争奪戦様相を持っていたのである.

このように、朝鮮半島は地政学的な重要性から、今日に至っても、各国がぶつかり合う地域になっているのである.

そんな政治環境から、分断国家、韓国の誕生以来、軍事政権が続き、1992年,文民政権が誕生したのである.しかし政治体制が変わっても、争いの絶えない、厳しい歴史で培われたからだと思うが,ナショナリズムや同族に偏重しやすく、激情に走りやすい国民性は変わっていない様に感じるのである.

例えば、相手を攻撃する事が生きる方法であって、謙虚さや謝罪,妥協は敗北であり、滅ぼされる、と考えるような節がある.コンプレックスの反動のようにも感じる.

朝鮮併合,竹島,慰安婦、等の問題を掲げて、ナショナリズムを煽り、歴史を歪曲し、反日運動を続ける韓国の様相をみても,今回の騒動を見ても、同じような国民性を感じるのである.

大きな顔写真や人形、或は、国旗を焼いたりするデモは,いつも同じである.まさに国民性を表していると思うのである.

又,韓国の歴代の大統領を見ても、どの大統領も,末期は国民の支持を失い、暗殺、訴追、自殺,亡命,と言った悲惨な終末を迎える事が多いのである.政策も,大統領が変わる都度、大きく変わったりするのである.

これは、5年の任期が長すぎるのか,大統領の権力が大き過ぎるのか、知れないが,韓国の国民性が大きく影響しているようにも感じるのである.

このように、韓国の政治は落ち着く事はないのだが、韓国の国民性からすると、むしろ議院内閣制のような制度の方が落ち着いた,着実な政治が出来るように思うのである.そもそも,大統領制は,李承晩の独裁思考から生まれたものであり,その危うさを国民は感じていたと思うのである.

このように考えると、韓国の課題は次の三つだと思う.

①強権力の大統領制から、議院内閣制のような、新しい政治制度に変える事、
②財閥を解体し、国内起業の活発化、,国内産業のフラット化、多様化,を促進する事,
③韓国国民は高学歴,大企業志向から,脱却する事、

等によって,これまでの,強権の大統領制と強権の財閥経済による一極集中国家から、リスク分散した安定的な政治,経済体制、あるいは多様化した社会に脱皮する必要があると思うのである.

何よりも、韓国国民の高学歴,大企業志向は日本から見ても異常である.これも韓国の国民性から来ていると思うが、結局、この志向が競争社会、格差社会を生んでいる元凶になっていると思うのである.もっと人生の選択肢を広げて、④の取り組みをすべきだと思うのである.これなくして、韓国の問題は解決しないと思うのである.

以上、感ずるところを述べたが、日本にも多くの課題があり、これを棚に上げた話ではないのである.

 

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