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2017.02.15

463 日米首脳会談の感想

先週行われた、トランプ新大統領と安倍総理による,初めての日米首脳会談に対し日本国民の70%が成功だったと評価していると言う.私も、率直に言って,大成功だったと思う.

多国首脳や国内有識者、あるいは国内外のメデアからは、この評価と違って、日本は荒くれ者のトランプ大統領にすり寄り過ぎだ、トランプ大統領に批判的な国が多い中で、日本は孤立する、その内、トランプ政策に巻き込まれる、等の声が多かったように思う.じゃ、どうすれば良かったのだろうか.

私の大成功だったと言う理由は、記者会見の内容が,まるで日本が原稿を書いたかのよう、な,日本のの思い通りの内容だったからである.特に、

・日米安保について,その意義と双方の結束を改めて共有した事、
・日本を取り巻くアジアやロシアの状勢認識を説明した事,
・米国のリーダーシップが世界の秩序を守る上で不可欠である事,
・TPPが目指した意義を説明出来た事,
・日米の
経済問題について,実務レベルで協議を進める事,
・国際会議の都度、日米首脳会談を持つ事,
双方首脳の人間関係が良い方向に向かいそうな事,

である.初めての首脳会談で,今後の議論のイニシャルセットできたと思う.同時に,中國や韓国への牽制にも大いに役立ったと思う.

又,人間的に,思想的に,批判の多いトランプ大統領ではあるが、民主主義のリーダーたる米国が選んだ大統領に対して,安倍総理が敬意をもって接した事は大変良かったと思う.この姿勢があればこそ,有意義な時間を持てたと思うし、今後も、率直に会話ができる関係が期待されるのである.

今回は日本が主導したような首脳会談の内容だったが、その分、次は米国から、厳しい要求が来そうだと、今回の成功を率直に喜ばない人がいる.その人に、それでは、成功しなかった方が厳しい要求が来ないのか、と聞きたくなるのである.

主張の相違は怖くないと安倍総理が言うように、問題は常にあるわけで,今回の首脳会談の成功を踏まえて,今後、率直な議論、交渉をすればよいと思うのである.特に、トランプ大統領が問題視している、貿易問題、為替問題について,総合的な視点で,一致点が見い出せると思うのである.

一方、日本には,腫れ物に触るような大きな問題がある.世界の安全保障問題に,日本がどう対応すべきか、と言う問題である.世界が内向きで保護主義の傾向を見せているだけに気になるのである.

具体的には’日本は後方支援や資金供給だけでなく,血を流せ’’日本が血を流さないのは不公平だ’’日本は平和のただ乗りだ’’日本は一国平和主義だ' と言われる問題への対応である.

憲法を変えなければ、この批判に答えられないのだが、世界の集団安全保障体制や集団的自衛体制から除外されても、このまま自国の防衛以外は血を流さないと言い続けるのか、あるいは,改憲をして,それらの体制に参加できる法的基盤を作るのか,いづれ,日本の決断が問われると思うのである.

この問題に対するドイツの考え方は驚く程,明快である.自国が軍隊を持つのは,自国防衛の為ではなく、NATO(北太平洋条約機構)の為だと言うのである.加盟国の防衛は加盟国が共同で行うと言う考え方に立っているのである.

自国の独断,暴走を防ぐと言う,先の戦争の反省から生まれた考え方のようである.多くの国が隣接し,戦争が絶えなかったヨーロッパ諸国が到達した戦後の考え方だと思う.

日米安保条約の下で専守防衛に徹する日本の考え方と、NATOの下で共同で集団安全保障活動や集団的自衛活動を行う ドイツの考え方とは全く違うのである.

日本の自衛以外に血を流さないと言う考え方は、言うまでもなく、占領下で制定された憲法から来ている.すなわち、この憲法は戦争の悲劇を繰り返さない、国際紛争解決に軍事を使わない、軍事は米国にゆだね、戦後復興に専念したい,と言う日本の考え方と日本の軍事的無力化、対中ソ政策の米国の考え方で作られ,その後、自衛隊が編成されるが、憲法は一度も改定されることなく、今日に至っているのである.

一方,昨今の世界秩序の不安定化で、’日本が血を流さないのはけしからん’との外圧が強まる事は,当然、予想される.トランプ大統領が言い出しても不思議ではないのである.

さて、他国との集団的自衛体制、国連や有志連合による集団的安全保障体制に,日本はどう対応すべきか,もう答えを出さなければならないと思うのである.

しかし いつも専守防衛範囲の議論、防衛装備の議論、武器開発の議論、世界の安全保障対応の議論、あるいは有事法制の議論、等で,違憲だ,合憲だ,の議論で終わる.現憲法を前提にした議論に終始しているからである.国にとって,どうあるべきかの議論が全くされないのである.

たとえ,血を流さないと言う考え方、日米安保を基軸とする考え方、を踏襲するとしても、自衛軍の明記と自衛権行使に伴う有事法制を作る為にも、憲法改定は必要だと素直に思うのである.あるいは、他国と同じように、国連憲章で認めている,集団的自衛、集団的安全保障、いづれも、可能とする憲法にするなら、覚悟を持った決断が必要になるのである.

日本にとって、腫れ物のような、この問題に、自ら答えを出さないまま,首脳会談や世界の状勢の変化に、一喜一憂し続けるのだろうか.

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2017.02.07

462 PostーTruth 考

’Post-Truth’は 2016年の英国流行語だそうである.意味するところは、’真実より感情’’真実は二の次’の時代になったと言う意味の様である.具体的には、英国国民投票による’英国のEC離脱’’米国大統領選のトランプ氏の当選’を指しているようである.

私の感じるところ、国民投票や大統領選で,’真実より感情,歪曲,嘘’がまかり通ったと思うのである.アジテイターが良く使う、ハッタリ,強弁の説法が,ナショナリズムに火をつけて、世論が動いたのだと思う.あまりの効果にアジテイター自身が一番驚い.ていたかも知れない.

両方とも、予想を覆された知識人から見ると、’どう考えても、そうはならない’と思った事が現実に起きてしまい、唖然としたと思う.そこで、’真実が伝わらない’’真実の時代は終わった’’感情や嘘の時代が始まった’と捨て台詞を言うように、この言葉を吐いたのかも知れない.しかし、この言葉が言い得て妙なだけに、2016年の英国の流行語になったのだと思う.

私見によれば、この’Post-Truth’現象が国民投票や大統領選挙の情報戦みならず、日常の政治、行政、企業、あるいは個人の発信にも、紛れ込んで、すでに、’Post-Truth’現象に、ドップリ浸かっているかも知れないのである.

古来より、このような情報操作、世論操作はあったと思うが、現在の情報社会の中では、いとも簡単に情報が飛び交うだけに、’Post-Truth’現象が起こりやすい環境にあると思うのである.言い換えると、情報社会が’Post-Truth’現象を加速させているとも考えられるのである.

一方、情報社会は歪曲、嘘に対し、反論する事も可能であり、結果として、情報が真実に近づく可能性もある.しかし、その保証はない.結局,事実か、歪曲か、嘘かは、読み手の判断次第と言う事になると,’情報社会の危うさ’は結局、野放しになるのである.言うなれば、情報社会の危うさを抑制する,ビルトイン スタビライザー(見えざる手)は存在しないと言う事になるのである.

もしかすると、我々は、真実こそ大事だと言う概念に凝り固まっているのかもしれない.情報社会の危うさや歪曲、嘘の氾濫を危惧するのは、真実がゆがめられる事の不安から来ている.

しかし,何が真実か、わからないのが実態である.真実だと主張しても、そこに、歪曲や嘘がまぎれこむ事だってある.

そう考えると、真実が重要ではなく,情報バトルが重要だと言う事になる.それがビルトイン スタビライァーとなって,世論を形成すれば,’Post-Truth’の意味は’真実より世論’と言う事になる.その事は、情報社会や思想、言論の自由と合致するのである.

それをポピュリズムと言うのかも知れないが、それが民主主義の基本である.同時に,情報バトルと言うビルトインスタビライザーが機能していれば、情報社会、言論の自由、世論、に内在する危うさを気にする必要がなくなるのである.

そうなると、英国知識人が,あってはならないとして、皮肉で言ったと思われる、’Post-Truth’と言う言葉の意味が,'真実より世論’と言う意味になって、あり得る現象、肯定的な言葉に変わってしまうのである.

この意味の変更に、英国知識人は、又、唖然とするかもしれない.又,’世論の危うさ’を感じている日本の知識人や官僚、あるいは政治家も,’Post-Truth’(真実より世論)の時代の到来に否定的になるかも知れない.

いずれにせよ,今日の情報社会と言うものは、好むと好まざるとにかかわらず,’真実より感情’,’真実は二の次’と言う危うさを超えて,’真実より世論’の時代に向かわせると思うのである.

こんな思考の整理で良いのだろうか.頭が疲れたので,解のない議論は、これで終わりにしたい.

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