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2017.04.28

468 橋下氏の北朝鮮危機打開策’核ヘッジング論'への私見

常日頃、橋下氏の立論力、デベート力に本質を突いた鋭さを感じているのだが、最近,発信している’核ヘッジング論にはいささか疑問があるので発信しておきたい.

橋下氏が主張する核ヘッジング論とは、おおよそ次の通りである.

核ヘッジングとは、核兵器を具体的に持つという核オプションよりも少しマイルドな考え方である.日本の技術力からして潜在的に核兵器保有能力があることを示唆するのである.

北朝鮮が核兵器保有すれば東アジアの核均衡抑制の観点から日本の核兵器保有も検討の俎上に載せざるを得ないことを示唆するのである.

積極的にマッチョ的に核兵器保有を主張するのではなく,消極的、受動的,臆病者的に核兵器保有を検討せざるを得ないことを示唆するのである.此れが核ヘッジング論である.

「日本は核武装なんかしたくない.NPT体制を守りたい.しかし北朝鮮が核兵器を保有するなら臆病者の日本は核兵器保有の検討も俎上に載せざるを得なくなる」というロジックである.

この核ヘッジング論は核なき世界に向けてのロジックにもなる.非核兵器国が核兵器保有にチャレンジする姿勢を示す事で、初めて核なき世界に向けた議論が出来るからである.

今日本の政治家がやっている「北朝鮮の核兵器保有は絶対に認めない!」「対話と圧力だ!」とバカの一つ覚えみたいに国内で威勢のイイことを言っているだけでは、何も動かないのである.

この核ヘッジング論に対する私見を述べてみたい.

この核ヘッジング論は、けんか相手に、’お前がやるなら,俺もやるぞ’と言っている様なものである.ここで重要な事は,'俺もやる’にリアリティがあるかどうかである.実現性が乏しければ、足元を見られて、なんの凄みにもならないのである.負け犬の遠吠えになってしまうのである.

そこで、日本の核保有の示唆に実現性があるか,どうかが重要になるのだが,残念ながら、現状では実現性は乏しいとである言わざるを得ないのである.核保有の.技術的実現性があっても、国民の意思や憲法を含めた法的基盤が出来ていないからである.

法的基盤とは、核やミサイルが現行憲法や専守防衛、個別的自衛権の武器として許容される事とか,更に言えば、国連憲章にある集団的安全保障行為への参加を可能にし、かつ、同盟国同士の集団的自衛権行使や敵基地攻撃を可能とする憲法を保持する、と言う事である.勿論、このような法的基盤は何も出来ていないのである.

したがって、核ヘッジング論は足元を見られて、’やれるものならやってみろ’と冷笑される可能性が高いのである.

たとえ、核ヘッジング論がリアリティを持つようになったとしても,米国の核の傘の下にある日本が核ヘッジング論をかざしても、北朝鮮への交渉力、抑止力の向上にはつながらないと思うし,むしろ、日本も、核を持ちたいのかと、北朝鮮の考えの正当性をPRする材料にされるかも知れないのである.

更に言えば,日本が、核保有を示唆すれば、安保理から反対される可能性も高いし、核を持ちたいと思っている国々と同列になって、世界から孤立するリスクもあると思うのである.

そんなわけで、核ヘッジング論をかざしても、北朝鮮危機の打開策にはならないと思うし,世界の核なき世界への前進にも繋がらないと思うのである.

私見によれば、現在の北朝鮮危機対応は米国に頼わざるを得ないのが現実だと思う.残念ながら、究極的には、日本の生命・財産の危機は北朝鮮,米国,中國,ロシア,韓国にゆだねられているのである.

その中で,日本としては、妥協策を求めて,有事に繋がらない努力をするしかないのである.一方で、米国との同盟関係の下で,世界と伍していく為に,国連の集団安全保障活動、同盟国との集団的自衛活動が出来る法的基盤作りに取り組まなければならないと思うのである.

しかし、これには、相当の年月が必要になると思われ、国際情勢が,これを待ってくれるはずはないのである.従って、北朝鮮が有事の引き金を引いた場合,米国と韓国が軍事行動を起こした場合、日本の現行法での対応方法(個別的自衛行動、個別的集団自衛行動)を具体的に検討すべきである.

しかし、軍隊、軍規、軍事法廷、有事法制が存在しない現行法の下で、軍隊ではない自衛隊が自衛の為に武力行使ができるのか大いに疑問である.そこで、日本は軍隊を持つのか、持たないのか、軍隊ではない自衛隊のままで良いのか、その時、武力行使の法的根拠はどうするのか、等、基本的な事をハッキリさせるべきだと思うのである.

そんなわけで,橋下氏の核ヘッジング論は北朝鮮危機の打開策と言っているが、本意は日本の安全保障論議を促す事にあったのではないかと思うのである.

ところで、国家間の軍事力の均衡は抑止力に繋がり、不均衡は交渉力の優劣につながるのだが、政治体制や安全保障の法的基盤いかんも,抑止力や交渉力に大きな影響を与えるのである.

北朝鮮危機で言えば、北朝鮮が核やミサイル、あるいは毒物を保有する問題もあるが,それを使用する俗人的独裁政治の脅威の問題も大きいのである.ISも同じである.残念ながら,民主国家が、これに対抗する事は極めて難しいのである.北朝鮮の政治体制を変えるしかないのである.

朝鮮半島は古来より、列強国の争いの場になって来た.歴史を振り返れば,朝鮮半島は日本統治時代が唯一,近代国家作りに取り組んだ時代だったように思う.日本の敗戦によって、再び列強が衝突し、朝鮮半島が分裂し、朝鮮戦争に発展し、映画のような俗人的独裁国家が誕生してしまったのである.現代の世にも、価値観が大きく違う独裁国家が存在している事に、大きな時代錯誤と恐怖感を覚えるのである.

価値観や法的基盤が全く違う,何でもありの独裁国家に対して、民主主義国家の抑止力や交渉力は劣勢になってしまうのだが、民主国間の安全保障に関しては,軍事力の均衡以外に,価値観を共有する事、安全保障法制度を均衡させる事は極めて重要だと思うのである.

その為に、国連加盟国は、安全保障法制度の共有化、均衡化に努めるべきだと思うし,集団的自衛体制の推進も、これに適う方法だと思うのである.同時に,国際紛争の解決手段として,国連の役割、機能,権限を強化すべきだと思うのである.

勿論、日本においても、国連や各国々と,伍して平和を推し進める為に、安全保障法制度を世界と均衡させ、集団自衛体制を作る必要があると思うのである.当然、憲法第9条の改定し,どこの国でもある、軍隊の保持、軍規、軍法法廷,有事法制などの制定が必要になるのである.

以上、先の朝鮮戦争で、自衛隊が誕生したように、今回も、北朝鮮危機を眼前にして、日本の安全保障のあり方を考える良い機会になると思うのである.

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2017.04.07

467  森友学園への国有地払下げ問題への所見

森友学園問題は大きく分けて次の4つに分類される.

1.森友学園への国有地の払い下げに関する問題点の有無(財務省)
2.森友学園への学校認可に関する問題点の有無(大阪府私学審議会)

3.森友学園の虚偽の有無(学校申請,宣伝,寄付募集,補助金,証人喚問,等)
4.森友学園の教育に関する問題点の有無(教育基本法、児童虐待、等)

この中で、国会としては、1の国有地の払い下げの問題点の有無が本筋のテーマである.毎年、数千件の国有地払い下げがあるだけに、国有地の払い下げに、政治的圧力が介入していないか、価格は適正か、は誰しもが懸念している事でもある.

そこで、この問題に絞って,整理してみたい.

この問題で違和感を感じている事は、相変わらず、政党や政治家、マスコミは’国有地を大幅値引きで払下げた問題’とレッテルを貼って主張したり、報じたりしていることである.

一般に,国有地の売却は、近隣の土地価格に影響をさせない為に、払い下げ価格はあくまでも,近隣の市場価格を基本としている.この市場価格から,土壌汚染対策費等を引いたり,各種補助金の支給を受けて、実質の購入費用は市場価格から大幅に低くなっているのである.

この認識の上で、森友学園への国有地の払い下げ価格については次の捉え方が出来る.

①土壌汚染対策費を過剰に見積もって,低価格で売却した(政治圧力説)
②適正な土壌汚染対策費を見積もって、適正な価格で売却した(財務省見解)
③瑕疵担保責任回避(国のリスク回避)を目的に売却した(当ブログで発信済み)

①は右翼系の学校を作る為に政治的圧力(介入)があったとする説だが、思想で主張するのではなく、まず下記の事実を見た上で主張すべきだと思う.

・この土地の市場価格,土壌汚染対策費用が適正だったのかの検証
他の国有地払下げ価格との比較(隣接の土地を豊中市へ払下げ価格)
瑕疵担保責任回避から見た払い下げ価格の評価

大幅値引きとレッテルを貼っている政党、マスコミ、有識者,は,このような基本的な事をやっていないのである.思想偏重や支持率,視聴率を優先する人たちの陥りやすい言動だと思う.

②は財務省の見解である.価格も手続きも間違っていないとの主張である.急遽、借地から売却に変わった事を疑問視する意見があるが、財務省の説明にもあったが、借地のままでは瑕疵担保責任や損害賠償が予想され、開校に間に合わなくなる可能性がある事から,森友学園の買い取り要望に即対応したと思われるのである.

③は3月初旬に当ブログで発信している私の所見だが、売却価格より、国のリスクを回避する事を優先した契約であったとの認識である.この契約によって、国から見ればノーリスク、学園から見れば高リスクになっている事でも明らかである.したがって、当然、この契約に政治的圧力はいらないのである.

ましてや、財政逼迫を認識しながら学校開校一途に突っ走る森友学園に対し、早急に,瑕疵担保責任や土壌汚染対策による損害賠償を受けないようした事は正しかったと思うのである.

この様にリスク回避の重要性を考えれば,大幅値引きとは全く見えないのである.いわば8億円は瑕疵担保責任や損害賠償の免責代金に見えるのである.

叉、森友学園が学校開設を取り下げた事で、国有地は国が売った価格で返還されるのである.国有地のたたき売りではなかったのである.

以上のように森友学園への国有地払い下げ問題は上記3つの捉え方ができるわけで、単に国有地を大幅に値引きしたと断定的に論じたり、報道する事に大きな違和感を感じるのである.

そんな中,4月5日,豊中市議が近畿財務局を背任罪で告発し,大阪地検特捜部はこれを受理したのである.

いずれ特捜部や裁判で真実が明らかになると思うが,それでも、相変わらず、政党、政治家,マスコミは’大幅値引き’とのレッテルを貼り続けるのだろうか.事実の検証もしない思想的な視点での印象操作に危うさを感じるのである.

ところで、一連の森友学園の問題を見ていると、独善的な思想を高く掲げつつも、全く財政的裏付けがない状態で、虚偽も含めて、あの手、この手で、土地購入交渉、寄付金募集活動、生徒募集活動、あらゆる制度を使った補助金申請,工事建築費の値引き交渉、等を必死でやっていたと見えるのである.もし,開校できたとしても、建築費も払えず、財政破綻する可能性が高かったと思うのである.

このような森友学園に対し、国が瑕疵担保責任や損害賠償責任を免責にし,森友学園を突き放した事は正解だったと思うのである.もし,瑕疵担保責任付で払い下げていれば,森友学園は、土壌汚染対策が出来ず,開校できなかったとして、損害賠償訴訟を起こしたかも知れないのである.

只、大阪府私学審議会が借地の状態で条件付き認可を出した事、財政に問題アリとしつつも、最終的に条件付き認可をした事は大きな反省点だと思う.

森友学園は行政のミスを理由に建築費15億円の損害賠償訴訟を起こすかもしれない.しかし,認可申請の中に虚偽があったり、自ら認可申請を取り下げた事から,森友学園の自己責任になると思うが,行政の認可責任の重大性を再認識するのである.

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