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2017.05.23

469 安倍の総裁憲法改正発言を契機に覚悟ある議論を 

日本の憲法が戦争を放棄しているから平和憲法だと言う人がいる.しかし,自衛の為の戦争まで放棄していると言うのか、自衛の為の戦争は除くと言うのか、はっきりしない.憲法の文面だけで見れば、すべて放棄しているのである.

憲法で全て放棄している理由は簡単である.米国の統治下の憲法だからである.マッカーサーとしては日本を丸腰にしたと言う成果をアピール出来る、日本としては、軍事力及び費用を持たなくて済む、更に、国民感情としても、戦争はもう嫌だ、と言う思惑が働いて、戦争放棄憲法に異論はなかったと思うのである.当時の吉田首相はこの軍事力の問題を独立後の後世の宿題にしたのである.

時系列で言うとこうである.(図のクリックで拡大)

Photo  

サンフランシスコ条約で独立が認められると、独立国としての自衛力の問題が出てくる.そこで、自衛権は自然権として存在しているとして、憲法をそのままにし、日米安保条約及びその後の自衛隊発足で日本の防衛を行う事にしたのである.

現在の日本の考え方は自衛権にもとづく,自衛力の行使(交戦権)は敵地では出来ないが、自国内なら可能としているのである.

従って「自衛以外に武力行使をしない,その為の武力も持たない」、と言う意味で平和憲法だと言うなら言えなくもないが、どの国も自衛を大義として,軍隊を持っている事を見れば、別段,平和憲法だと主張する話ではないのである.

それとも、軍隊ではない自衛隊はあるが、憲法で放棄している軍隊は持っていないとして平和憲法だと言うのだろうか.これも説得力がないのである.

一方憲法で「戦争放棄、非武装」を宣言しているのだから,「不戦を誓った国」だと言う人もいる.この不戦の誓いは心構えとしては大事だが、この誓いを担保するには「近隣諸国と不戦を約束する事」がなければ、実現しないのである.

勿論、「私は戦争をしない」と宣言すれば、誰も軍事を背景とした日本への圧力もかけず、日本の国益を侵さないのであれば、これに越したことはないが、現実はその保証はない.

言い換えると、この諸国間の不戦の意識や約束がない中で、不戦を誓う事は最悪、「国益の放棄」を意味する事になりかねないのである.不戦、非武装を主張する人は「何があっても、交戦しない」と言う覚悟があって言っているのだろうか.

以上の事から、我が国の現在の安全保障に関する法体系は次のように、「戦争放棄の憲法」と自衛の為の「日米安保条約」と「軍隊ではない自衛隊」が併存しているのである.

①憲法前文では

「日本国民は恒久の平和を念願し、・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我々の安全と生存を保持しようと決意した.」

②憲法9条で

国権の発動たる戦争と、武力による威嚇、又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する.」

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない.国の交戦権は、これを認めない.」

一方独立によって、自衛力が必要だとして、

独立時、自衛の為に,日米安保条約を締結し,その後、軍隊ではない自衛隊を発足したのである.他国の軍事的圧力を抑止するとともに、我が国の領土、領海、領空の侵犯に対しては、自国内で武力行使ができるとしているのである.

このように、極めて解りずらい法体系になっている事は事実であり,結局、日本は、自衛、集団的自衛、国際平和維持、等の安全保障に対し、どうしたいのか、しっかりしたコンセプトが見えていないのである.

このようなすっきりしない法体系になっているのは,日本の独立時、米国統治下で制定された丸腰の日本憲法をそのままにして、憲法解釈で、日米安保条約を加え、更に、朝鮮戦争を契機に,自衛隊を加え,我が国の自衛権と国内での交戦権を行使できるようにした事に由来しているのである.

現憲法が米国統治下で制定されて以来、一度も国民の審判を受けていない事、国内外の状勢が70年前と大きく変化している事、から、現憲法と現実の乖離はすでに、限界に達していると思うのである.

そこで、改めて、昨今の国際情勢を踏まえて、自国防衛の視点、集団自衛の視点、国際貢献の視点で、どうするのか,が問われているのである.その最大の争点は軍隊を持つのか、やっぱり、持たないのか,である.

安倍j自民党総裁が憲法改正内容と改正次期を公言した事から,やっと覚悟を持った憲法改正議論が始まりそうである.

現憲法の問題について、2015年10月,自分なりに、当ブログNO412で現行憲法の問題点をまとめている.

その中で、多くの問題点(翻訳ミス、記述ミス、意味不明文、論理矛盾、米国原案の1院制の名残り、国防の無記述、欧米の文言の継ぎはぎ,等々)があり、明治憲法の改正条文を利用して,いかに短期間で、雑に憲法を作ったかを実感したのである.

そして、国民投票を受けずに成立した憲法のまま、明らかなミスも、現実との遊離があっても、一度も憲法を改正せず、しかも、安倍一次政権まで、国民投票法すら作らずに来た日本は民主主義国家、立憲主義国家、と言えるのか,と改めて思ったのである.

私見としては、憲法を真の最高法規にする為にも、憲法を国民のものにする為にも、この際、もっと体系的に、国の統治で守るべき理念や基本的規則を整理して、きれいな、わりやすい日本文で、全面的に書き換えたい、との衝動に駆られるのである.

しかし,そんな事をしようとしたら、これから、何十年かかるか分からなくなって、問題の多い現行憲法を延命させることになる.

そこで、国会としては、不可思議な条文が70年間も生きて来たのだから、今回も取りあえず棚上げし,最も改正を急ぐ条文に限って,改正の発議をしようと考えているのだと思う.従って、依然として欠陥条文が生き続ける事になるのである.此れも、憲法を長期間、凍結して来た「ツケ」である.

一方、憲法改定の国民投票が未経験である事から、翻訳ミス、記述ミス、等の議論の余地のない条文の訂正を先にやるべきだとの意見もある.国民が国民投票を早期に、経験する為に、一理ある意見である.

ところで、阿倍総裁が憲法改定を口にした事は憲法違反だと言う政治家、有識者がいる.

憲法第99条:天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し、擁護する義務を負ふ.

と言う条文に違反していると言うのである.この条文も、当ブログNO412で憲法の問題点に挙げているが、英文草案では.shall be bound to uphold and protect this Constitutionであり、protectは積極的なdefendやguardではなく,protect this Constitutionは憲法を守る(憲法遵守)と解すのが妥当なのである.明らかなミスである.

憲法を擁護するは変えないと言うニュアンスがあり、改定する事を許さない、と解する人も出てくるのである.その解釈が正しいとすると、国会議員や公務員の憲法改定発言が違反になり、とんでもない条文になるのである.

安倍首相は気を使って,首相ではなく、自民党総裁として発言しているとして,違反していないと反論しているが、こんなところにも、雑な条文が生きているのである.勿論、他にも、同様なミスがある事は当ブログNO421で指摘しているのである.

この安倍首相の発言は憲法第9条の問題(日本の安全保障の問題)を憲法改正の最優先としているのである.勿論、どの条文の改定を発議するかは未定だが、最も重要と思われる安全保保障のあり方、それによる憲法改定内容について、論点(意見)を、ここで、整理しておきたい.

①憲法第9条のままで良い(非武装が良い、自衛隊・日米安保は違憲)
②憲法第9条のままで良い(解釈で自衛隊,日米安保,限定的集団自衛は合憲)
③現憲法第9条に軍隊ではない自衛隊を追記(自衛隊違憲論の排除)
④現憲法第9条に国防に限った軍隊を持つ事を追記(自然権の軍隊を追記)

⑤現憲法第9条を改正し軍保有を明記(個別自衛、集団的自衛、国際平和の為)

憲法改定の各新聞社のアンケートによると、我田引水の結果ばかりで、あまり参考にならない.聞き方次第で、解答を誘導できるからである.各社とも、上記5択のアンケートをして欲しいと思うのである.

この5択の中で、最大の争点は④⑤の「軍隊を持つかどうか」である.

安倍総裁は自民党案である④⑤ではなく、③案を提案した.過去にあまり議論されていない案である.多くの国民が認めている自衛隊の存在を憲法に書き入れる事をまず優先したのだと思う.これなら、国民の賛同を得られ、早期に憲法改定が出来る、自衛隊や日米安保の違憲論を消滅させられる、と考えたのだと思う.

一見、憲法第9条を変えず,自衛隊を明記する事が出来るのかと疑問に思ったマスコミ、評論家があったようである.安倍首相は軍ではない現自衛隊が合憲とされているのだから、そのまま自衛隊の存在を憲法に明記しても、何ら矛盾は起こらないと考えたのだと思う.

しかし、憲法第9条は

国権の発動たる戦争と、武力による威嚇、又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する.」

「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない.国の交戦権は、これを認めない.」とあり、

これに、自衛隊を明記する事は、軍隊と自衛隊の違いの大論争が蒸し返されると思うのである.そこで、「軍隊」と「軍隊ではない自衛隊」の違いに触れておきたい.

軍隊とは

「軍隊」は軍事力及び警察力の一部の行使機関であり,主権国家の象徴でもある。戦時国際法においては、戦時において一定の人道的な制約の下で作戦行動により敵を直接的に加害する権限を持ち、敵の指揮下に入ればその成員は捕虜として扱われる権利がある.

軍隊は,概ね軍事法制(軍規、軍事法廷)によって建設,保持されており,その役割は自国の安全保障,国内の治安維持,軍事力による外交支援,,軍事外交などがあるが、具体的には集団的自衛活動、あるいは国連や有志連合による国際平和維持活動にどのように係わるかは憲法もしくは法令あるいは国会で決める事になる.

又、軍隊の国内における自衛の為の武力行使においては、一般法の外側で有事法制が必要になる.細かいことを言えば、他国の例にある様に、主要な道路、高速道路、橋などで、戦車などの軍事用車両の交通を可能としたり,主要な道路や高速道路などに、戦闘機の発着が出来る.ような事も考える必要がある.

一方、自衛隊は、

自国防衛の為として,陸海空の「軍事力」を持っているのだが、軍隊ではないとしている為、武力行使に必要な軍規、軍事法廷,あるいは有事法制を作れないのである.軍隊と自衛隊の大きな違いである.

更に「軍隊」と「軍隊ではない自衛隊」の違いは法律の立て方にもある.

軍隊は、あらゆる危機に対応する必要がある為、「出来る事」ではなく、「出来ない事」を規定するのである.何が起こるかわからない危機に対し、「出来る事」を全て網羅する事は不可能だからである.

一方、自衛隊は軍隊ではないのだから、警察(一般の行政機関も同じだが)と同じように、「出来る事」を規定する考え方になるのである.しかし、何が起こるかわからない国防危機への対応に、「出来る事」を規定する事は極めて困難になるのである.国会で自衛隊の「出来る事」の議論をしているが、いくら議論しても明確にはならないのである.

例え規定が出来たとしても、断片的で、複雑で、いろいろな条件が付いたり、解釈が伴う規定となり、危機に直面した時,具体的に、どう対応すべきか、混乱が起こると思うのである.

このように法律の面でも軍隊と自衛隊の違いが存在しているのである.

安倍総裁はそんな事を百も承知で,出来るだけ早く次の段階で、④⑤の改正を描いているのかもしれない.だとしたら、④⑤に対する国民の意思を早く聞く事が重要だと思う.最も大事な事を聞く事を恐れていては責任ある安全保障の議論は出来ないのである.国民も覚悟を持って選択すべきだと思うのである.

その為にも、憲法改定発議の前に,憲法調査会で,安全保障の方向性に関する上記5択を国民に聞く事が大事だと思う.国民の啓蒙の機会にもなるはずである.

率直な感想を言えば、③案は自衛隊発足のときの議論である.今更、歴史を逆戻りする必要はないと思うのである.むしろ、将来を見据えて、軍を持つのか,持たないのかを含めて、山積する現憲法の問題を早期に国民を巻き込んで取り組むべきだと思うのである.

民主主義であるなら常に憲法改正論議や改正発議があっても良いと思う.これまで、あまりにも憲法改正問題を選挙公約で訴えてこなかった政党の責任は大きいと思う.

安全保障と言う保険を強化しようとすると憲法違反、何もしなければ合憲、と言う憲法第9条の風潮が日本を思考停止にしてきたと思うのである.これからは、今更ではあるが、日本の歴史と国際情勢を考えつつ、日本のあるべき姿を描きながら、憲法改正論議が覚悟をもって進められる事を願うのである.

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