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2017.06.10

472 教育無償化の論戯 

今、育児から大学まで、教育無償化の議論が始まっている.教育費無償化で、家庭の経済力に依存しない「教育の機会均等化」と教育による「貧困連鎖の断ち切り」を実現しようと言う議論である.

このテーマについて、「合成の誤謬」にならない為に思考シミュレーションをやってみたい.

まず、平成28年度の日本の大学数は779校(国立86,立89,私立604)、学生数は256万人(国立44万,公立13万,私立199万)である.

大学への進学率は おおよそ

26大学の学費はおおよそ

Photo

大学の授業料を全大学すべて無償にした時の財源(おおよそ)

・現在の学生数で授業料を無償化すると、

国立・公立で57万人×54万円=年間約3078億円、私立で199万人×100万(例えば)=年間約2兆円、ざっと全部で、年間2兆3千億円の
財源が必要になる.

・進学率の上昇(学生数の増加)を見越して、授業料を無償化すると、

現在の約50%(学生数250万人)が70%(学生数350万人)くらいに上がるとすると、3兆2千億円くらいの財源が必要になる.

許容できる学生数を現在と変えなかった時(大学は増やさない)の影響

・明らかに受験者数が増加し、学校ごとの競争率が高くなる.
・競争率の上昇で、受験戦争がもっと激しくなり、浪人が増加する.
・有名大学に優秀な学生がもっと集まる可能性がある.
・少子化に悩む大学の救済になる(定員割れの防止)

許容できる学生数を増やした時(大学を増やす)の影響

・明らかに受験者数が増加し,競争率の分布は低から高に幅が広がる.
・全国的には学校の教育レベルも低から高に幅が広がる.
・教育レベルの低い大学の学生が増加する可能性もある.
・有名大学の競争率が上昇し受験戦争がもっと激しきなり浪人も増加する.
・大学生が増加し、国全体の労働力が低下する.
・大学無償化財源が拡大し、固定財源確保が困難になる.
・大学を出ても、就職できたり、貧困から脱出できるとは限らなくなる.
・中卒,高卒,高専卒,大学卒,大学院卒,に応じた職種選定が大きく崩れる.

ざっと想像しただけでも、大学授業料無償化はこんな影響が出ると思われるのである.

大学の教育無償化の目的と評価

➀教育の機会均等化が可能か,

無償化の目的は,入試の機会均等化ではなく、家庭の経済力に係わらず、教育を受ける機会の均等化である.それによる若者の可能性の拡大である.その為に,入学希望者を出来るだけ多く,どこかの大学に入学させる事となる.従って,学校数の増加が必要になる.

但し、あくまでも、若者が熱心に学ぶと言う事が前提である.遊びほうけたり、アルバイトに熱心であっては、莫大な貴重な国家財源が無駄になるのである.そこで、財政の無駄を排除する為にも、成績が悪ければ退学させるくらいの制度が必要になると思う.

所謂、「入学は難しく,卒業は簡単」と言う日本の大学は「入学は簡単,卒業は難しく」に大転換する必要がある.

②貧困連鎖の断ち切りが可能か,

大卒者が多くなれば「貧困の連鎖を断ち切る事」が出来るか、と言う問題であるが,単純には断定できないと思う.日本で考えると、無償化で、現在の進学率50%が、さらに超える大学進学率になると思うが、それでも、貧困の連鎖が絶ち切れるのか、と言う問題になる.

この命題は貧困率が高く,進学率も極めて低い状態なら実現すると思うが,日本のように,更に進学率が高くなって,大卒者が多くなるからと言って,失業率が減ったり、賃金が高くなるとは限らないと思うのである.むしろ、学生の専門能力や経済状況次第だと思う.

③「優秀な人材開発」を目的とするならどうか,

家庭が貧困でも、成績次第で希望する学校に入学できる事になる.但し,入学後、成績が悪ければ、無償が打ち切られる事になる.現在、スポーツなどで、このような制度があると思うが、これを学問に広げるようとする制度である.これなら、実現性は高いと思うのである.

全体の教育改革と教育費無償化への私見

大学の教育無償化の「目的は何か」もう一度、しっかり見定める必要があると思う.そこで、「貧困連鎖の断ち切り」を掲げるのではなく、「若者の教育の機会均等、若者の可能性の拡大」を目的にする方が良いと思う.

勿論、そこの目的を実現する為には,教育費の無償化だけでは済まないと思う.

この目的を効果あるものにする為に、又、巨額の公金を使う事からも、現状の課題を踏まえて、何を教育するのか、どんな学校が、どれくらい必要になるのか、教師の育成をどうするか、と言った裏付けが必要になる.勿論、現在の教育制度や教育行政を根本的に見直す必要もある.と思うのである.

私見で言えば教育の全体の体系を「教養教育と専門教育」とし、教養教育は義務教育(保育,小,中,高)、専門教育は分野別の学校(現大学や専門学校)で行う事とする.それに伴って,教育カリクラムが作られる事になる.

教育費については、義務教育は無償、専門教育は授業料は半分個人負担と奨学金で対応する.このコンセプで「教育の機会均等、個人の可能性の拡大」と「生きがいを持った、自立した社会人の輩出」を実現していきたいものである.

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