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2017.06.28

474 公文書管理規定と文科省の課題

加計学園の戦略特区制度を利用した獣医学部新設に関して、文科省から「官邸の圧力」「加計ありき」の審査が行われたことを惹起する文書が公開されて,与野党の攻防が激しくなっている.そこで、改めて、公文書の勉強をしてみた.

1.公文書管理規定の法制度のあらまし

目的

この法律は,国及び独立行政法人等の諸活動や歴史的事実の記録である公文書等が,健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として,主権者である国民が主体的に利用し得るものであることに鑑み,国民主権の理念にのっとり,公文書等の管理に関する基本的事項を定めること等により、行政文書等の適正な管理、歴史公文書等の適切な保存及び利用等を図り、もって行政が適正かつ効率的に運営されるようにするとともに,国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする.(ワンセンテンスが異常に長い役所の典型的な文章)

法制化

この目的により,平成21年7月「公文書等の管理に関する法律」が制定された.この制定により,政府全体が統一されたルールに基づいて,公文書等の作成・管理を行うことになった.

公文書の種類(行政文書、法人文書、特定歴史公文書等)

①行政文書とは

行政機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書であって,当該行政機関職員が組織的に用いるものとして,当該行政機関が保有しているもの.

②法人文書 とは

独立行政法人等の役員又は職員が職務上作成し,又は取得した文書であって、当該独立行政法人等の役員又は職員が組織的に用いるものとして、当該独立行政法人等が保有しているもの

③特定歴史公文書等とは
歴史資料として重要な公文書その他の文書のうち,国立公文書館等に移管されたもの

行政文書に関する規定(抜粋)

第四条 (文書の作成対象)

行政機関の職員は第一条の目的の達成に資するため当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、処理に係る事案が軽微なものである場合を除き、次に掲げる事項その他の事項について、文書を作成しなければならない.

・法令の制定又は改廃及びその経緯

・閣議、関係行政機関の長で構成される会議又は省議の決定,了解、経緯
・複数の行政機関,若しくは地方公共団体に対して示す基準の設定,経緯
・個人又は法人の権利義務の得喪及びその経緯
・職員の人事に関する事項

第五条(整理)

・行政機関の職員が行政文書を作成し,又は取得したときは、当該行政機関の長は,政令で定めるところにより、当該行政文書について分類し、名称を付するとともに,保存期間及び保存期間の満了する日を設定しなければならない.

・行政機関の長は、能率的な事務又は事業の処理及び行政文書の適切な保存に資するよう、単独で管理することが適当であると認める行政文書を除き,適時に,相互に密接な関連を有する行政文書(保存期間を同じくすることが適当であるものに限る)を一の集合物(以下「行政文書ファイル」という。)にまとめなければならない.

・前項の場合において,行政機関の長は,政令で定めるところにより,当該行政文書ファイルについて分類し,名称を付するとともに,保存期間及び保存期間の満了する日を設定しなければならない

・行政機関の長は、第一項及び前項の規定により設定した保存期間及び保存期間の満了する日を、政令で定めるところにより、延長することができる.

・行政機関の長は,行政文書ファイル及び単独で管理している行政文書(以下「行政文書ファイル等」という。)について、保存期間(延長された場合にあっては、延長後の保存期間。以下同じ。)の満了前のできる限り早い時期に、保存期間が満了したときの措置として,廃棄の措置をとるべきことを定めなければならない.

第六条(保存)

・行政機関の長は、行政文書ファイル等について,当該行政文書ファイル等の保存期間の満了する日までの間,その内容、時の経過,利用の状況等に応じ、適切な保存及び利用を確保するために必要な場所において,適切な記録媒体により,識別を容易にするための措置を講じた上で保存しなければならない

・前項の場合において、行政機関の長は、当該行政文書ファイル等の集中管理の推進に努めなければならない>第七条(行政文書管理簿 )

・行政機関の長は,行政文書ファイル等の管理を適切に行うため,政令で定めるところにより,行政文書ファイル等の分類,名称,保存期間,保存期間の満了する日,保存期間が満了したときの措置及び保存場所その他の必要な事項を管理簿に記載しなければならない.但し、不開示情報に該当するものは除く

・行政機関の長は,行政文書ファイル管理簿について,政令で定めるところにより、当該行政機関の事務所に備えて一般の閲覧に供するとともに、電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法により公表しなければならない.

第八条 (移管又は廃棄)

・行政機関の長は、保存期間が満了した行政文書ファイル等について、第五条第五項の規定による定めに基づき、国立公文書館等に移管し,又は廃棄しなければならない>

・行政機関の長は,前項の規定により、保存期間が満了した行政文書ファイル等を廃棄しようとするときは、あらかじめ、内閣総理大臣に協議し,その同意を得なければならない.この場合において,内閣総理大臣の同意が得られないときは、当該行政機関の長は,当該行政文書ファイル,等について、新たに保存期間及び保存期,の満了する日を設定しなければならない. 

・内閣総理大臣は,行政文書ファイル等について特に保存の必要があると認める場合には、当該行政文書ファイル等を保有する行政機関の長に対し、当該行政文書ファイル等について,廃棄の措置をとらないように求めることができる.

第九条(管理状況の報告)

行政機関の長は、行政文書ファイル管理簿の記載状況その他の行政文書の管理の状況について,毎年度,内閣総理大臣に報告しなければならない

・内閣総理大臣は毎年度,前項の報告を取りまとめその概要を公表しなければならない.

・内閣総理大臣は,第一項に定めるもののほか,行政文書の適正な管理を確保するために必要があると認める場合には、行政機関の長に対し,行政文書の管理について,その状況に関する報告若しくは資料の提出を求め,又は当該職員に実地調査をさせることができる.

第十条(行政文書管理規則)

・行政機関の長は、行政文書の管理が第四条から前条までの規定に基づき適正に行われることを確保するため、行政文書の管理に関する定め(以下「行政文書管理規則」という)を設けなければならない.

・行政文書管理規則には行政文書に関する次に掲げる事項を記載しなければならない.

作成に関する事項
整理に関する事項
保存に関する事項
行政文書ファイル管理簿に関する事項 
移管又は廃棄に関する事項
管理状況の報告に関する事項

その他政令で定める事項

・行政機関の長は行政文書管理規則を設けようとするときは,あらかじめ,内閣総理大臣に協議し,その同意を得なければならない.これを変更しようとするときも、同様とする.

・行政機関の長は行政文書管理規則を設けたときは遅滞なく、これを公表しなければならない.これを変更したときも、同様とする.

行政文書に関する刑法

・虚偽公文書作成罪(156条)

公務員が,その職務に関し,行使の目的で,故意に虚偽の文書・図画を作成し,または,文書・図画を変造する罪

公用文書毀棄罪(258条)

公的機関が使用のために保管している文書や電磁的記録を破壊もしくは使用不能にする罪

・公務員に対する守秘義務違反、秘密情報漏洩罪

秘密事項であるかどうか(実質秘の判断),漏洩の目的が,どうであったのか,の個別判断が必要になる.

一方、公益通報者保護法という法律があって公益通報であれば、リークした人が不利益処遇を受けないと言う保護法がある.

文科省が公開した文書に見る問題点

「加計学園」の獣医学部新設を巡り,文科省が公開した、萩生田光一官房副長官が文科学省に圧力をかけたとする文書や数十通の文書をもとに、公文書に関する疑問,私見,を述べてみたい.

まず,公表された萩生田官房副長官に関する文書に,次のような反応があった

①マスコミ、野党、前事務次官は「官邸の圧力があった」、「加計ありきの審査が行われた」との論調を展開.

②官邸は①を否定しつつ、戦略特区政策に基づいて,官邸主導の行政プロセスを適切に行ったと反論.

③萩生田官房副長官は文書の内容は伝聞情報が混ざっており、事実ではない、是非,「作成者に確認して欲しい」と反論.

④松野文科相は野党に渡った文書の存在を確認したが,文書の信憑性については疑問があると発表.

⑤文書の調査をした義本博司総括審議官は行政文書ではない,個人のメモが共有フォルダーに入っていた.大変遺憾であり,萩生田氏に謝罪の言葉を口にした.

以上の反応を踏まえて、私見を述べたい.

①公表された文書は行政文書か?

公開された文書が管理規定にある様に、組織的に用いらた文書とは思えない.作成者はどう思っているのだろうか.前事務次官は公表された文書は共有していたと言っていたが、文書を見ただけなのか、内容に各人が同意していたのか,違和感を感じていたのか、あるいは、組織の統一見解としていたのか、全く不明である.

共有という言葉で、あたかも組織全体の認識があったかの如く言いたいのかもしれないが,.そんなものが行政文書になるのだろうか.

そもそも、公文書なら行政文書ファイルに登録されていなければならないし、登録されていないなら行政文書にならないのである.野党やマスコミは行政文書だと言うが,この行政ファイルに存在していた事を確認しているのだろうか.

例え行政文書だとしても、書式が整っていなかったり、信憑性の問題が指摘されたり、伝聞や感想的な内容が書かれていたり、公文書の体をなしていないと思う.こんな文書が行政文書になるなら、行政文書の管理の目的も運用規定も、無視されている事になる.

どうやら、文科省の特権意識が侵されたと言う不満を書いただけの文書、メモ、のたぐいだと感じるのである.そんな内容が行政文書になっているとしたら、公文書管理の目的や信頼性が崩れてしまうのである.

以上の事から、公表された文書は行政文書と言うより私的文書にあたると思うのである.

②文科省の公文書管理が出鱈目だと思う.

そもそも、公表された文書の存在を調べるのに、個人のパソコンや、いろんなファイルを調べたと言うが、そのこと自体が行政文書を管理していない証拠になる.

更におかしな事に、公開された文書に対し,行政文書だとか、いや私文書だとか、個人的メモだとか、の議論が起こること自体も、行政文書管理が出来ていない証拠である.

又,公表された文書が行政文書だとすると、信憑性の確認もなしに、行政文書になる事となり、これも又,行政文書管理の目的に反した大問題になる.

このような状態では、文科省は「公文書管理規定の目的」を果たしていないどころか、混乱を起こしていると言わざるを得ないのである.

マスコミ、有識者、野党はそれでも公表された文書は公文書と言うのだろうか.政府批判のシナリオから行政文書にしたいのかも知れないが、そんな動機ではなく、管理規定の目的、運用から見て判断すべきだと思う.それでも、行政文書と言うなら、文科省の信用はおろか,行政文書が簡単に悪用される危険性があると言う事になる.

以上の事から、文科省の行政文書管理が出鱈目だと思うのである.

③公開された文書が行政文書だとすると、刑法に抵触する可能性がある.

公文書として公開された文書を書いた人、あるいは、その文書を見て、行政文書だと主張している人は虚偽公文書作成罪(刑法156条)がある事を承知しているのだろうか.

又、文科省の職員がマスコミに流した文書が公文書であれば、公文書管理規定に照らして違法性がないのか、刑法上、国家公務員法違反(秘密情報の漏洩、公務員の守秘義務違反)に照らして問題がないのか、の議論が必要である.

この基本的な議論なしに,公文書管理規定の目的も、運営も、成り立たないのである.更に言えば、公開された文書が私文書であっても、虚偽が公開されたなら、名誉棄損罪になるのである.

最後に、

「官邸の圧力」、「加計学園ありき」があったのか、なかったのか,行政プロセスが歪められたのか、歪められていないのか、等々の議論がヒートしているが,その前に、行政文書管理が規定に従って運用されているのか、どうか、の検証が必要である.

出鱈目な行政文書管理が行われていたとすると、いくらバトルを繰り返しても、砂上のバトルになるだけである.元来、そうならない為に、公文書管理規定があるはずである.

そんなわけで、文科省は情報ネット時代を踏まえて、行政文書と私文書の区別を明確にし,セキュリティ対策も含めた行政文書管理の徹底を早急にすべきだと思う.

同時に総務省は公文書管理規定の厳密な運用を各省庁に指示すべきだと思うのである.

 

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2017.06.14

473 組織的犯罪処罰法案審議の感想

近々国会で成立するであろう組織的犯罪処罰法改正案(共謀罪)は一口で言うと、組織的重大犯罪の未然防止を目的に準備段階で処罰する法案である.日本の攻撃を準備している国への自衛権の発動問題と類似したテーマである.

この法案の成立で,遅ればせながら、国際犯罪防止条約(TOC条約)に加盟する事になり、国際的犯罪組織の情報が共有される事になる.

この法案に対し,野党は,不当捜査,不当逮捕,不当判決によって,「人権,プライバシー,表現の自由の侵害」や「一億総監視社会への道」だとして,戦前の「治安維持法」(思想弾圧)をイメージして,絶対反対の主張をしているのである.

そもそも、あらゆる法規制は権利侵害になるリスクを含んでいるが,それを排除する為に慎重な権利行使、手続き、最終的には裁判制度が存在しているのである.それでも、当法律の特徴からすると,捜査権の拡大による権利侵害が起こり得ると思う、だからと言って大義を否定する理由にはならないと思うのである.

ところで、自由,平等,人権と言う基本的権利も相互が衝突したり、これに危機防止と言う公共という概念が入ってくると,それぞれの権利が絶対的権利ではなく、優先度による強弱が付けられる事から,基本的権利は絶対的権利と言うより、相対的権利だと思うのである.

どうやら野党の主張は基本的権利を絶対的権利として,これを守る為に、政治的犯罪処罰法は反対だとの主張のようである.だとすと、組織的犯罪により、基本的権利のみならず,生命,財産が侵害された時,どう説明するのだろうか、完全に論理矛盾である.

与党は基本的権利や生命・財産を守る為に組織的犯罪防止法が必要だと言っているのだが、野党がどうしても反対するなら、対案を出さなければ建設的な議論異ならないのである.

以上が、短絡的に思い浮かぶ感想だが、ここで,そもそも論を整理してみたい.先ず、刑法には次の二つの概念があり、法制化の仕方が違うのである.

①既遂犯処罰の法律

これは犯罪が行われた時,処罰する法律だが,その法制化においては、「立法事実」によって罪状が定義されるのである.

(立法事実とは立法目的が合理的か,目的達成の手段が合理的かを問うものであり,実際の社会に存在する事実に適合しているかを判断する事を言う.)

発生した犯罪の犯人探しにおいては,ネット情報や防犯カメラなどの調査を行う事もあるし(裁判所の許可要の調査もある)、誤認逮捕もあるわけで、権利侵害は起こり得るのである.あらゆる法規制に内在するリスクである.

②準備処罰の法律

重大犯罪を未然に防止する為に,その準備行為を罰する法律である.この種の法律の特徴は犯罪前の処罰だから,上記の立法事実による法制化になじまないところがある.何が起こるかわからないからである.もし、立法事実による法制化をしようとすると、定義できる罪状が限定され,ザル法になる可能性がある.

更に特徴を言えば、重大犯罪の準備行為の発見には極めて広い範囲で,多面的な,しかも,恒常的な調査が必要になる.従って、いろんな捜査方法を屈指して,調査,捜査をすることになる.当然、権利侵害のリスクも大きくなる.よ従って,一層の慎重な捜査権力の行使が必要になるのである.

この二つの刑法の概念を念頭に、国会審議の感想を述べたい.

①既遂犯処罰とは違う法制化の審議がされていない.

上述のように、安保法制でも共謀罪法制でも、既遂犯処罰の法制化とは違う考え方の法制化が必要だと思う.

安保法制の議論で言えば,何が起こるかわからない事態への対応であり、立法事実による法制化はなじまないのである.いくら、自衛隊が出来る事を定義しようとしても、何が起こるかわからないから定義しようがないのである.定義したとしても、極めて断片的で、抽象的で、複雑で、しかも、規定していない事象も起こり得るのである.

この様にポジテブリストによる法制化は現場の判断や行動が混乱しかねないのである.従って、安保法制の検討は自衛隊が出来ない事(ネガテブリスト)を規定する方が合理的で明確になり,自衛行動の効果も上がるのである.

又、共謀罪法案の議論で言えば、同じ様に、何が起こるかわからない事態への対応であり,,組織的犯罪やその準備行為を定義する事はあまり意味がないのである.どんな行為もあり得るし、もくろんでいる犯罪の大きさや内容によっても、準備行為の内容も変わるのである.

繰り返すが、そもそも、安保法制も共謀罪法制も、転ばぬ先の杖としての法制度である.危機に対する保険のようなものである.法律が無かったから防げなかった、法律が無かったから無法状態になった,では済まされないのである.

したがって、本来なら,安保法制も共謀罪法制も、目的達成のためには、出来るだけ法律の網を広げておく必要がある.その為には,何が起こるかわからない事態を想定して出来る事(ポジテブリスト)を定義するより、出来ない事(ネガチブリスト)を定義した方が法律および現場の行動が明確になって、重大犯罪の未然防止力の強化になると思うのである.

しかし,昨今の安保法制、共謀罪法制の審議を聞いていると、既遂犯処罰の法制化と同じように,立法事実の有無とか,犯罪になる組織犯罪の定義とか,準備行為の定義とか、ばかりを議論していたのである.叉、感情的な世論を恐れもあったのか,法案が本質を外していたり、断片的になった感じを受けるのである.れで重大犯罪の未然防止の保険になるか心配するのである.

重要法案だけに、しかも、未然防止に権力の侵害もあり得る事から、もっと「YES BUT」(アクセルとブレーキ)の本質的な,建設的な議論をして欲しと思ったのである.

②野党は毎回、ワンパターンの行動をくり返しているだけである.

野党は日本の安全保障を強化しよう、組織犯罪を防止しよう、と言うと、必ず、憲法違反だとか、軍港主義への道だとか、基本的権利の侵害だとか、監視社会の到来だとか、治安維持方への回帰だとかを声高に言って反対するのである.

どうやら野党は法案の入り口で戦うだけで,悲惨な事態になる事には無関心の様である.その結果、悲惨な事態を防止する方法まで頭が回っていない感じを受けるのである.

結局,野党は,いつも,議論が終わっていない,強行採決されたと騒ぐのである.挙句に,あれだけ反対したのに選挙の時、廃案を公約に上げる事をしないばかりか,反対が間違っていたと反省する事もしないのである.

野党の一連の動きの目的は印象操作で大衆をミスリードし,政権打倒の運動を展開する事にあるようである.あるいは,そんな事ではなく、なんでも反対と言っていれば、なにがしかの得票が得られると考えているだけかも知れないのである.だとすると、野党の一連の動きは自身の保身術でしかないとも言えるのである.

いずれにせよ,与党も野党も,悲惨な事の未然防止と言う極めて重要な法案に対し、「YES OR NO」のバトルをくり返すのではなく,日本の為に「YES BUT」(アクセルとブレーキ)の建設的な議論をして欲しいと思ったのである.

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2017.06.10

472 教育無償化の論戯 

今、育児から大学まで、教育無償化の議論が始まっている.教育費無償化で、家庭の経済力に依存しない「教育の機会均等化」と教育による「貧困連鎖の断ち切り」を実現しようと言う議論である.

このテーマについて、「合成の誤謬」にならない為に思考シミュレーションをやってみたい.

まず、平成28年度の日本の大学数は779校(国立86,立89,私立604)、学生数は256万人(国立44万,公立13万,私立199万)である.

大学への進学率は おおよそ

26大学の学費はおおよそ

Photo

大学の授業料を全大学すべて無償にした時の財源(おおよそ)

・現在の学生数で授業料を無償化すると、

国立・公立で57万人×54万円=年間約3078億円、私立で199万人×100万(例えば)=年間約2兆円、ざっと全部で、年間2兆3千億円の
財源が必要になる.

・進学率の上昇(学生数の増加)を見越して、授業料を無償化すると、

現在の約50%(学生数250万人)が70%(学生数350万人)くらいに上がるとすると、3兆2千億円くらいの財源が必要になる.

許容できる学生数を現在と変えなかった時(大学は増やさない)の影響

・明らかに受験者数が増加し、学校ごとの競争率が高くなる.
・競争率の上昇で、受験戦争がもっと激しくなり、浪人が増加する.
・有名大学に優秀な学生がもっと集まる可能性がある.
・少子化に悩む大学の救済になる(定員割れの防止)

許容できる学生数を増やした時(大学を増やす)の影響

・明らかに受験者数が増加し,競争率の分布は低から高に幅が広がる.
・全国的には学校の教育レベルも低から高に幅が広がる.
・教育レベルの低い大学の学生が増加する可能性もある.
・有名大学の競争率が上昇し受験戦争がもっと激しきなり浪人も増加する.
・大学生が増加し、国全体の労働力が低下する.
・大学無償化財源が拡大し、固定財源確保が困難になる.
・大学を出ても、就職できたり、貧困から脱出できるとは限らなくなる.
・中卒,高卒,高専卒,大学卒,大学院卒,に応じた職種選定が大きく崩れる.

ざっと想像しただけでも、大学授業料無償化はこんな影響が出ると思われるのである.

大学の教育無償化の目的と評価

➀教育の機会均等化が可能か,

無償化の目的は,入試の機会均等化ではなく、家庭の経済力に係わらず、教育を受ける機会の均等化である.それによる若者の可能性の拡大である.その為に,入学希望者を出来るだけ多く,どこかの大学に入学させる事となる.従って,学校数の増加が必要になる.

但し、あくまでも、若者が熱心に学ぶと言う事が前提である.遊びほうけたり、アルバイトに熱心であっては、莫大な貴重な国家財源が無駄になるのである.そこで、財政の無駄を排除する為にも、成績が悪ければ退学させるくらいの制度が必要になると思う.

所謂、「入学は難しく,卒業は簡単」と言う日本の大学は「入学は簡単,卒業は難しく」に大転換する必要がある.

②貧困連鎖の断ち切りが可能か,

大卒者が多くなれば「貧困の連鎖を断ち切る事」が出来るか、と言う問題であるが,単純には断定できないと思う.日本で考えると、無償化で、現在の進学率50%が、さらに超える大学進学率になると思うが、それでも、貧困の連鎖が絶ち切れるのか、と言う問題になる.

この命題は貧困率が高く,進学率も極めて低い状態なら実現すると思うが,日本のように,更に進学率が高くなって,大卒者が多くなるからと言って,失業率が減ったり、賃金が高くなるとは限らないと思うのである.むしろ、学生の専門能力や経済状況次第だと思う.

③「優秀な人材開発」を目的とするならどうか,

家庭が貧困でも、成績次第で希望する学校に入学できる事になる.但し,入学後、成績が悪ければ、無償が打ち切られる事になる.現在、スポーツなどで、このような制度があると思うが、これを学問に広げるようとする制度である.これなら、実現性は高いと思うのである.

全体の教育改革と教育費無償化への私見

大学の教育無償化の「目的は何か」もう一度、しっかり見定める必要があると思う.そこで、「貧困連鎖の断ち切り」を掲げるのではなく、「若者の教育の機会均等、若者の可能性の拡大」を目的にする方が良いと思う.

勿論、そこの目的を実現する為には,教育費の無償化だけでは済まないと思う.

この目的を効果あるものにする為に、又、巨額の公金を使う事からも、現状の課題を踏まえて、何を教育するのか、どんな学校が、どれくらい必要になるのか、教師の育成をどうするか、と言った裏付けが必要になる.勿論、現在の教育制度や教育行政を根本的に見直す必要もある.と思うのである.

私見で言えば教育の全体の体系を「教養教育と専門教育」とし、教養教育は義務教育(保育,小,中,高)、専門教育は分野別の学校(現大学や専門学校)で行う事とする.それに伴って,教育カリクラムが作られる事になる.

教育費については、義務教育は無償、専門教育は授業料は半分個人負担と奨学金で対応する.このコンセプで「教育の機会均等、個人の可能性の拡大」と「生きがいを持った、自立した社会人の輩出」を実現していきたいものである.

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