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2018.08.14

495 東京オリンピックを2年後に控えて

2020年東京オリンピックは残すところ2年を切った.2013年9月8日、東京五輪が決定し、日本中が歓喜に沸いた時から早5年が過ぎた.

当時の様子は当ブログでも発信していた.

当ブログ 331 快挙『2020東京五輪決定』(13・09・08)

ところが現在、この歓喜はどこえやら、どこか冷めている感じがするのである.単に、時間が過ぎたからではなく、多くの問題が露呈したからだと思う.関係者の反省を促すとともに、今後の五輪へのフイード゙フォワードの為に、改めて、その理由を整理して.おきたい.

五輪誘致の歓喜が冷めている理由

①五輪誘致合戦への疑念

誘致合戦を繰り広げたマドリード、イスタンブールの現在の政治・経済情勢を見ると、とてもオリンピックなど開催できる状態ではないのである.もし、このどちらかに誘致が決定していたら、多分、オリンピック誘致を返上すると思うのだが、そのリスクは東京誘致で消えたのである.

実はIOCは誘致合戦当初から、この2ケ国はオリンピック開催は出来ないと感じていたのではないか,それでも、この2か国を立候補させたのは、日本を喜んで誘致を受け入れる状態にする為、東京の財力を引き出す為、日本から裏金を引き出す為,ではなかったのか.無競争ではこれが出来ないのである.

もし、IOCの策略で、誘致合戦が日本だけが知らないデキレースだったとすると、日本の誘致運動や激戦を勝ち抜いて勝ったと言う歓喜は何だったのか、と言う事になる.

2か国の現在の政情不安をみるにつけ、こんなことを想像し,むなしくなるのである.マドリード、イスタンブールに本当に五輪を誘致したかったのかと聞いてみたいのである.

②曖昧な役割・責任体制と,ずさんな計画への反感

東京オリンピック構想問題、エンブレム問題、国立競技場問題、種目別競技場問題、組織体制と役割問題、青天井の予算問題、等が矢継ぎ早に発生した事が国民の目を覚まさせた.

日本特有の’一丸となって’の掛け声ばかりで、何も検討してし来なかった実態が露呈したのである.

政治・行政の用語では’一丸となって’は’自分は何もしない’’だれも責任を取らない’という意味であったと、改めて知らされたのである.

オリンピックはIOC、組織委員会からすれば独立事業だと考えている様だが、国や東京都からすれば、巨大な公共事業である.当然、行政や議会の承認が無ければ、立候補も出来ないし、誘致決定後の構想、予算、組織体制についての実施計画も承認が必要になるのである.

残念ながら、そのような経緯を知らないし、国民、都民は蚊帳の外に置かれたと思うのである.当時、東京オリンピック誘致が宣伝、建築等の特定企業の為ではないのか、東日本復興事業とのバッテングし、復興事業を遅らせる事になるのではないか、との声も多かったと思う.

この事態に危機感を感じた後任の小池都知事は、ずさんな計画を進めてきた豊洲市場建設と同じように、東京オリンピックも抜本的な見直しに着手したのである.

かくして、東京オリンピック誘致の歓喜も、最初から大きくつまずき、オリンピック開催が懐疑的な雰囲気に包まれたのである.その後も、築地市場移転と道路建築問題、セキュリティ問題、交通問題、宿泊施設問題、猛暑対策など,次から次に課題が噴出したのである.

 ③東京オリンピック開催時期への疑念

オリンピックの開催期間は7月24日から8月9日、パラリンピックは8月25日から9月6日である.この期間に各都市の無差別空爆の日、8月6日広島原爆の日、8月9日は長崎原爆の日、8月15日はお盆の日、終戦の日、9月1日は防災の日である.この様に、8月は日本に取って特別な月なのである.

この特別な月に東京オリンピックが開催される事に問題はないのだろうか.大いに危惧するのである.又,今年の猛暑や台風の頻発で、こんな時期になぜオリンピックをやるのか、10月にすべきではないのか、との声が多い.

なぜ、開催受け入れ条件に10月開催を入れなかったのか、誰が7月24日からの開催を了解していたのか、疑念を抱くのである.64年の東京オリンピックは一番天候が良い時期と言う事で10月10日に決まったと記憶しているが.2020年以降、体育の日を7月24日にするのだろうか.

④米国放映権者ファーストへの反感

実はオリンピックの開催時期、競技の日程は米国の放映権者がほぼ決めていると言う.結果、日本の事情や気候などは無視された形になっているのである.ほとんどの国民は最近、この事を初めて聞かされたと思う.

それだけに、放映権者ファーストの決定はけしからん、と反感を多くの国民は持ったと思う.前回の東京オリンピックは『スポーツの祭典』、今回の東京オリンピックは『スポーツの興行』の違いである.

だとすると、莫大な公共事業は、この『オリンピック興行』の為に行われると言う事になる.これも、歓喜を冷めさせる大きな理由だと思う.

⑤オリンピックへの時代遅れ感

最後の理由はオリンピックはそもそも時代遅れの感がある事である.種目別の地域大会、世界大会が世界各地で行われている現状からすれば、オリンピックの大義はすでに終わっていると感じられるのである.

何も、巨額の費用をかけて、多くの種目(オリンピックは339種目、10616選手、パラリンピックは540種目,400選手)を一都市でやる必要がないのである.そんな考えがオリンピック反対運動にも表れていると思うし、盛り上がらない理由になっていると思うのである.

今後、それでもオリンピックを続行するとなると、開催費用の縮小に向けて、IOCの規定を低くし、開催都市の事情を反映する事や、大きな世界大会がすでにある競技はオリンピック種目から外す等の検討をすべきだと思うのである.

以上、東京オリンピックの盛り上がりを阻害して来た理由を挙げたが、すべてクリアーしているわけではなく、今後もこの議論は続くと思うのである.東京オリンピックに於いては今後も、現実的問題がどんどん出て来そうな感じもする.関係部門の危機感を持った対応をお願いしたいものである

以上のように、誘致歓喜が冷めた東京オリンピックだが、つぎの二つを提案したい.

①一等観客席(パブリックビューイング会場)の世界展開を

IOCはチケット販売を気にしているのか、巨大な観客数を指定している.それが費用の肥大化を招いているのだが、全く時代遅れの感覚だと思う.そんな巨大な競技場で観戦しても、競技が見えない事は誰もが経験しているし、今や大画面で見る方が良く見えるし,臨場感がある.ましてや、いろんな角度の映像が見られたり、解説があったり、勿論、再生画面もみられるとなると,巨大競技場に行く必要がなくなるのである.

そこで、競技場の一等観客席として、テレビ,スマホ,パソコンでは出来ない付加価値を付けたパブリックビューイング会場を国内は勿論、世界各地に展開すれば良いと思うのである.勿論、チケット代金の何分の一かの料金を設定してビューイングのビジネス化を図ればよいと思うのである.

その為に、設備やソフトをパッケージにして、簡単に会場が設営できるようにする必要がある.そして,すべての競技内容がパブリックビューイングセンターに集められ、世界の会場に配信される事になる.そんなパブリックビューイングシステムの提案である.勿論、オリンピック以外のスポーツ大会やコンサート、演劇、催し、等にも、このシステムを使えるのである.

もはや、スポーツやエンターテイメントのビューイングビジネスは世界がマーケットになるのである東京オリンピックで言えば、最先端の情報技術で観戦の楽しさを実現しつつ、人の動きを抑制し、競技場設備費等を軽減する事である.何よりも、東京オリンピックが世界中で楽しめるようにする事である.これこそ、情報化時代にふさわしい東京オリンピックになるし、大きな目玉になると思うのである.

そんなわけで、IOCが巨大競技場を要求したり、チケット販売を財源にする考え方は時代遅れであり、すでに建設中の巨大競技場の観客席には、今後の事も含めて、費用をかけてはいけないのである.

②スポーツの祭典にふさわしい開会式を

オリンピック開会式は国威発揮の場と化して久しい.私の見る所、自己満足だけのプレゼンテーションに過ぎないと感じている.いくら金をかけても、記憶に残らないし、例え記憶に残ったとしても、その後に繰り広げられる競技内容の記憶に掻き消されるのである.

そこで、東京オリンピック開会式はスポーツの祭典にふさわしい内容にして欲しいのである.具体的には、これまでのオリンピックの感動シーン、日本を含む諸外国のスポーツ振興状況と長寿社会を見据えた健康促進への取り組み、子供・老人の競技デモンストレーション、東京オリンピックの概要案内、等である.これらを通して、’健康で豊かな社会’を発信できれば良いと思うのである.

又、開会式の放送は北京オリンピックのように、事前に作られた映像を世界に発信するような事はせず、あくまで開会式場で行われる内容を世界に実況放送すべきだと思うのである.

開会式が例え天候が悪くても、例えトラブルが発生しようとも、実況放送にすべきだと思うのである.事前に作った映像に切り替えて取り繕っても,嘘っぽくなるだけである.世界中が映画を見せられて喜ぶ人はいないと思う.

追伸(18・10・07)

最新のオリンピック予算問題を追伸したい.

日刊スポーツは10月5日、会計監査が13年~17年の5年分で総額8011億円に上がったとする報告者をまとめ、国会に提出した.同時に、五輪関係予算の実態が不透明だとして、国に費用負担の全体像を示すよう求めたと報じた.

本来,国のオリンピック予算は当初 1500億円だったのだが、何が起こっているのだろうか.

国は大会運営や機運醸成、成功に直接役立つ、しかも、既存事業の看板の架け替えではない事を条件に、オリンピック予算を申請する事としていると言う.

監査院はこれでは支出の実態が分からないとして、各省庁の申告に基づいて、13年から17年の実績を集計したと言う.その値が8011億円だと言うのである.

多分、大幅な増加はオリンピックへの便乗もあれば、見積もっていなかった事案もあると思う.例えば、暑さ対策として気象衛星の予測精度向上の費用(371億円))や環境に配慮した電気自動車などの購入補助金(568億円)が含まれている.

国の取りまとめ役の内閣府はオリンピック費用を小さく見せたいのか、監査院は関連支出の対象を広く解釈し過ぎているのではないか』と疑問視する声もあると言う.

監査院は各省庁の申請に基づいて、オリンピック費用として計上している事案を集計しているだけで、広く解釈しているのは、各省庁ではないか、と監査院の声が聞こえて来そうである.

そもそも、国の予算と執行を、遡って、会計監査院が調べなければ、実態が分からない事自体が大問題なのである.

内閣府が監査院監査結果を疑問視するなら、内閣府の把握しているオリンピック予算・執行額と監査院の監査結果を比べてから言うべきなのである.

この問題は当初からの計画のずさんさ、予算管理の不在、が解消されないまま、起こっている問題だと思う.これでは、大義にかこつけて予算を拡大したがる政治家や行政の習性を制御できないのである.

下図でオリンピック予算の推移を整理しているが、国の予算は、とりあえず、監査院の8011憶円を入れて表示している. (図のクリックで拡大)

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さて、予算の管理がないまま、オリンピックの大義で、資産構築の大義で、公金が湯水のごとく流出するのだろうか.そんな金があったら,こうすべきだ、と国民の不満は大きくなって行くと思う.こうなると、オリンピックに冷めて行くどこらか、政治への不信感が増幅するのである.

そうならない為に、各省庁のオリンピック予算の全体像を明らかにした上で、財務省や国会、或は、都議会は必要性を厳しくチェックし、国民に説明すべきだと思う.

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