趣味

2009.01.20

163 私の音楽・絵画の趣向

私の音楽や絵画の好み,原点について紹介したい.同時に本日誕生するオバマ新大統領の政治の原点にも触れたい.

私の音楽の好みは昔からプレスリー時代で止まっている.ビートルズ以降はほとんど興味がなかった.1940年代,50年代,60年代の,いわゆるスタンダードナンバー,スイングジャズが好きであった.若い時,シャワーのように米国の音楽を浴びたせいかもしれない.

ここ10年は,それらの音楽のベースになったカントリー,ブルースに趣向が移った,最近では,その中でも,ゴスベル系に惹かれている.

言うまでもなく,ゴスベルはヨーロッパ系白人の賛美歌を離れて,アフリカ系黒人で歌われた霊歌,ソール音楽である.このゴスベルがその後,カントリー,ブルーグラス,ブルース,R&B,ロックンロール,デキシーランドジャズ等のベースになり,白人の世界にも広がって行ったのである.

例えば,よく知られる’When the Saints Go Marching In’’Just a Closer Walk with Thee’は葬儀で歌われる黒人霊歌である.埋葬前は静かに,埋葬後は明るく演奏される.名曲であるだけに,カントリー,ブルーグラス,デキシーランドジャズ,などにアレンジされ,葬儀とは無関係に演奏されるている.他の多くのゴスベルも,いろいろなジャンルでカバーされているのである.

あのプレスリーの中に,これらの変遷が見える.彼は黒人のR&Bと白人のカントリーを融合して新しいロックを誕生させたが,多くのゴスベル,R&B,カントリーも歌っている.少年期に教会で培ったゴスベルが彼の音楽の土台になっていたのだと思う,彼に孤独感,さみしさ,生真面目さを感じる瞬間があるが,それ故,彼のゴスベルに違和感はない.又,彼のロックが,ほとんど3コードである事も,その影響の大きさが感じられる.

と言う事で,好きな音楽を聞いている内に,自分の好きな音楽が無意識に,源流を逆登って原点に向かっている感じがする.その原点には,簡単ではあるがハートがあったり,好きなアコーステックギターがあったり,奏法や音楽理論の原点(3コード,2ビート,12小節)があるから,かもしれない.勿論,演奏のしやすさも理由である.

次に,私の絵画の好みは多くの日本人と同じく印象派の絵である.その後の近代絵画は独自性を追求する余り,共感を覚えることは少ないと感じている.

ところで,西洋絵画の歴史はイタリアのビザンチン,ゴシック,ルネッサンス,オランダ,スペインのバロック,フランスのロココ,フランス革命後の印象派と当時の国力,社会情勢と同期する形で変遷して来た.

私の好きな画家は印象派のセザンヌ,モネ,ルノワール,ゴッホ,モリゾなどであるが,彼らに影響を与えたバロックのルーベンス,レンブラント,フェルメール,ロココのブーシェ,フラゴナール,ラツール等も良い.

ルノワールがルネッサンスのラファエロに大きな影響を受けたと言う.改めて,ラファエロの絵を見ると,ダビンチ,ミケランジェロにはない現代風の画風である.小磯良平の絵にもラファエロの面影があるように思う.

印象派の絵画はモチーフが身近な風景であったり,人物である.しかも,色彩も豊かで,自由な感情表現がされている.それまでの宗教画,貴族の肖像画,戦争画とは大きく変わったのである.映像や画像が発達した現在ならばこそ,ますます,彼らの絵が際立つ感じである.

音楽も絵画も古くから宗教とともに歩んできたが,ゴスベルや印象派を現在の原点と感じるのは,個人の意志や感情表現が主流になった事,表現手法も現在まで受け継がれ,生きている事である.現代と断絶した過去の古典芸術ではないと思うからである.

ところで,本日,オバマ米大統領が誕生する.ワシントンはじめ国中がお祭り騒ぎだと言う.どんなスピーチになるのか,リンカーンやケネディの様な歴史に残る名演説を期待する人も多いが,興味ある所である.

私から見ると,オバマはアフリカ系黒人のせいもあるが,コスベル風表現者に見える.YES WE CAN. WE ARE ONE, CHANGE,等いかにも簡単で,スピリチュアルではあるが自身のリアリティもある.ゴスペルの歌詞そのものである.

彼の演説も朗々とリズムがある.彼に限らず,人の心を揺さぶる演説は子供の頃からゴスベルで培われているからではないかと思うのである.

金融・経済危機やテロとの戦いの中で,米国民は建国の精神,ゴスベルの文化,国民の希望をオバマに見たのだと思う.

そんなわけで,本日の大統領就任演説は,きっと,過去の苦難の道を振り返りながら,現在直面する問題に対し,希望と決意を,ゴスベルを歌う様に宣言すると思う.深夜まで起きていられるか分からないが,歴史的な彼のゴスベルに注目したい.

ところで,趣味の世界でゴスベルや印象派を原点と考えるのは個人レベルの考えで済むが,我が国の建国の精神,国民が立ち返るべき原点は何かと自問すると,にわかには出てこない.幸せな事なのか不幸な事なのかも悩む.日本の歴史,欧米文化,日本文化が頭を駆け巡るのである.

米国は米国料理,フランスはフランス料理,イタリアはイタリア料理,ロシアはロシア料理,中国は中華料理,韓国は韓国料理しか食わない.日本は全部食べる.結果,家庭にある食器の数,調味料や食材の種類は世界一だと言う.何を食べるか,いつも悩む如くである.

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2007.11.05

122 ゴルフの薦め

'ゴルフの薦め’と言うほどの実力もないが、無駄なゴルフ人生を過ごした、いや、今も過ごしている中から学んだ事を述べたい.

どうやらゴルフの腕前は語学と同じように、急な階段を登るような成長曲線を描くらしい.うまい人はこの成長曲線に乗って、昔からうまい.フォームが変則な人は、相変わらず階段の踊り場に留まって、なかなか上の階段に登れないのである.

リタイアー組みのウイークディゴルフが盛んであるが、そのゴルファーは皆、腕に覚えのある人達で、フォームが自然で達者である.時間とお金の余裕から、回数も増え、現役時代より、さらに上の階段を登っている人が多い.

よく言われるように、正しいフォームを身につける事がゴルフ上達と長続きにつながる.ゴルフ産業の振興は正しいフォームを広める事だと思う程である.

私の遠回りゴルフ人生は、最初に、正しいフォームを身に着けなかった事に起因している.今から思えばオーバースイング&コックがショットの確率を悪くし、諸悪の根源になっていた.このことは,随分前に自覚していた.

だが、このオーバースイングはひとたび身に付くと、修正する事はきわめて難しい.オーバースイングを抑制すると自分のタイミングが全て狂う.強く打ちたい意識とスイングとのギャップが大きくなるのである.結局、この欠点を直す方法が長い間、見つからなかった.

そんな中で、ゴルフスイングの基本はパンチショットにあると思い始めた.ボディターンで、ヘッドが上から入るインパクトの感覚を身につける.そして振り幅を体のねじれまで大きくして行くだけで自然とオーバースイングとコックとは無縁のスイングになり、コンパクトなスイングが作られると悟った(ちょっと独断だが).

パンチショットのリズムは'スーーバシ’である.決して’チャーシューメン’ではない.筋力の弱い人はシューの溜めでオーバースイング、コックが入り、フェースの向きが狂い、捻転力が解けてしまうのである.この’スーーバシ’のリズムを徹底的に身体に覚えこませる事にしたのである.

結局,スイング全体のイメージを変えないとコックはなくせない.パンチショットのイメージがスイング全体のイメージを変える方法だったのである.私見によれば、初心者はパンチショットを徹底的に身に着ける事から始めるべきだと思う.

教則本的に言えば,’トップを直そうとトップをいじってもダメ.基本的なインパクトのイメージを持たないと直らない’.と言う事になる.

この事は企業経営でも言える.悪いところは、そこだけの対処療法では解決しない.全体の考え方を変えない限り、直らないのである.

多くの場合,’失敗は偶然’ではなく’失敗は必然’であり,繰り返される事が多い.失敗に本質的問題のヒントがあり,その対処が必要なのである.

ところで、不思議な事に、長期間クラブを握らなかったとしても、絶対、癖は消えない.癖を忘れる方法、癖を直す方法、は脳の仕組みと関係がありそうである.脳の記憶を塗り替えるか、別の記憶を作るかである.

パンチショットは別の記憶を作る方法だと思う.従来のスイングをそのままにして、別のスイングを記憶するのである.別ルートを作るようなものである.記憶を塗り替える方法はきわめて難しそうである.左利きを右利きにかえるのは難しいが左利きはそのままにして、ある動作だけ右利きを覚える、ようなものである.

いずれにせよ、脳の特性を利用した改善方法が見つかれば、変則スイングだけでなく、スポーツの悪い癖やあらゆる行動の悪い癖に応用できると思う.

話を戻すと、もう一つのポイントであるグリップの感触について触れたい.左小指を締めると言われているが、素人はむしろ、オーバーラップの右手小指を締める.あるいは両親指の内側でグリップをしっかり挟む、とフェースのブレを止められる感じがする.

まだ、身に付けるには途上であるが、これも又、自己流の繰り返しかもしれない.今のところ、なぜもっと早く気が付かなかったのかと、またまたゴルフ人生の無駄を嘆いている.

いまさらテーチングプロに基本から教わる覚悟はない.向上心を持ちながら、自己流で思考錯誤を繰り返し、一生を終わる可能性が高い、これが自分なりのゴルフライフかも知れない.そうであれば、悲しむ事ではなく、なんと幸せな事であろうか、と開き直っている.

余談だが、趣味のゴルフ以外に絵画、音楽も思考錯誤の連続である.小さな発見でもヘボなりに自己満足を繰り返したいと思う.

余計な話になったが,’たかがゴルフ、されどゴルフ’でお許しを願いたい.

ついでながら、以前に書いた'私のゴルフ川柳’

http://critic.cocolog-nifty.com/kk/2006/03/post_da64_1.html

ご参考:パンチショットhttp://kyushu.yomiuri.co.jp/sports/golf/fujita_r/go_fu_025.htm

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2007.04.20

93 音楽の薦め

退職金で高級一眼レフカメラや楽器を買うおじさん族が多いと言う.今,おっさんバンドが花盛りである.団塊の世代は仕事一筋が一段落し,学生時代以来眠っていた楽器演奏の夢がよみがえっているのである.

私の場合は最後の奉公で単身赴任した時,この夢がよみがえった.音楽は聴くより演奏した方が何倍も楽しい事は知っていたし,ナットキングコール,フランクシナトラ,プレスリー,アンディウイリアムスなどのスタンダード曲をよく歌っていた.その延長で,カントリーなら一人で弾き語りができると思い,カントリーギターを始めた.

最初,数曲レパートリーを持てば良いと思っていたが,次から次と気に入った曲に遭遇し,片っ端から覚えた.マイ楽曲集は多分150曲くらいになったと思う.ハンクウイリアムス,プレスリー,ジョンデンバー,ケニーロジャース,アランジャクソン,ドリーパートン,ウイリーネルソン,ヨーカム,ジミー時田,チャーリー永谷などの楽曲が多い.

楽曲はCDやネット配信,で手に入る.発音,アクセント,ブレスを覚えるのに,多分100回ぐらい聞いている.覚えるにはパソコンのメデアプレーヤーやU-TUBEが便利である.歌詞やコードはタブサイトでほとんど手に入る.インターネットラジオでカントリーをBGM風に聞いている.音楽を楽しむのにインターネット,パソコンは必需品である.パソコンの中は楽曲とマイ楽曲集でいっぱいである.カントリー以外にジャズ,ラテン,ハワイアンを加えると300曲は超えている.

余談だが,音楽プレーヤーはパソコンが主流になると思う.パソコンにスピーカーをつければ,音に遜色はない.好きな曲は150円でダウンロードすればよい.自分流の音楽アルバムが出来る.音楽を覚える為に,ダウンロード時,歌詞も付いていると便利である.又,自分に合ったキー゙を指定したら,その音程で聞こえてきたりしたら,さらに便利になる.

カントリーのコードはメジャー3コード(トニック,サブドミナント,ドミナント),拍子は2ビートであり,単純である.ジャズの原点であり,カントリー出身のミュージシャンも多い.カントリーは,ほとんど片思いか,失恋の歌であるが,歌詞よりも,やさしく,美しいメロディがいい.カントリーロックのようにノリノリの曲も楽しい.西部劇に見られるようなファッションも雰囲気がある.多分,昔見た西部劇のかっこよさが頭に染み付いているのかもしれない.

カントリーは一人でも楽しめるが,ベース,ドラムが入れば立派なバンド演奏が出来る.ほとんどぶっつけ本番で楽しめる.若者に負けず,劣らず年をとっても,かっこよく振舞いたいとも思っている.

こんなわけで,音楽に挑戦したいなら,カントリーの弾き語りがお勧めである.何よりも簡単でかっこいい,楽譜もない.耳コピーだけである.カントリーの発祥はまさにこれだったのである.ついでながら,Gパンがはけるようにウエストを絞る努力もすれば一挙両得である.

カントリーファッションでファミリーや,おっさん連中でバンドが組めたら,こんな楽しい事はないと思う.カントリーライブバーでピーナッツをかじりながらバーボンをかたむけるのもいい.

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2007.04.18

92 絵画の薦め

音楽でも陶芸でも,ゴルフでも勿論,絵画でも,少しかじっていると,見方や興味や感じ方がまるで違ってくる.達人のすごさも,嫌と言うほど感じる.

少しかじっている絵画について紹介したい.

絵画で描くものは宗教画や心象画のように想像で画いたり,実像を描写して画いたりするが,表現である以上,見る人に何かを伝える必要がある.

一般に,絵は構図,色彩,インパクトで,出来栄えが決まる.勿論そのベースに描写力が存在する.これらが揃って,絵は人をひきつける.何よりも,飽きない絵になる.展覧会の評価も,これが決め手となる.絵を並べるて見ると,その存在感の差が歴然とわかる.

描写力はデッサンで常にトレーニングされ,形,明暗,等の観察ポイントや被写体の構造がナレッジとして,蓄積される.特に人物は顔や人体の構造,寸法がほぼ決まっており,これを体得(教則本あり)することで,より描写力を向上させる.この描写に色彩を加えて,精密に写実的に表現したり,雰囲気,特徴で印象的に表現されたりする.これが画風になる.この描写力はプロとアマの決定的な差がでる所である.ちなみに人物なら顔,目,手やドヌーブ(布のひだ)にその差が現れる.

構図は,とりわけ,風景画にプロとアマの差が現れやすい.空,建物,木々の大きさ,視点などが,構図のとり方で決まる.雲や木々の葉っぱの表現などに,描写力や色使いの力量が試される.

総じて,引き付けられる絵は感性だけで描いていない.考え抜かれた構想と,テクニックが裏に潜んでいる.一枚の絵は舞台と同じように,役者,照明,色彩,演出などが仕組まれているのである.

とは言うものの,画く方も,見る方も主観的な好き嫌いがある.私見によれば,’飽きない絵’が自分にとって良い絵だと思う.独断と偏見で良いと思う.決して絵の値段で決まるものではない.そもそも,一般に売られている絵の値段は画家の値段なのである.

展覧会で何百点もある絵画の中で,目に留まった絵,見続けた時間で自分の好きな絵が決まると思う.きっと写真のような写実的な絵は一瞬息を呑み,写真より迫力を感じ,その描写力に圧倒される.画く側の力量は計り知れない力があると思うが,その感動が永く続くとは限らない.

岸田劉生のように,写実の追及が本質をあぶりだす,本質の追求は写実を究める事である,との考えもある.麗子像は,写実の追求によって人間の本性を表現した典型例である.正直言って,気持ちの良い絵ではない.

印象派の絵が好まれるのは,雰囲気をかもし出し,物語を感じるからである.まさに’すばらしい絵には詩がある’たとえの通りである.宗教色がない,日常のモチーフも好まれる理由である.またアート(芸術)はアーティフィッシャル(手作業)であり,写真やCGとは違う世界がある事を,これらの絵に感じるからである.

個人的に言えば,セザンヌ,ルノワール,モネ,モリゾが好きである.自分にも画けそうな錯覚を覚える.これぞ油絵と言う感じで,こんな絵を目指したいと思ったりもする.これもまた錯覚の上塗りであるが.

さて,最近のアマチアの展覧会の入賞作品がほとんど心象画である.人物,静物,風景などは画き尽くされて,個性や独創性の発揮が難しいからである.

しかし,多くのアマチアは心象画を画こうと思っていない.人物,静物,風景,とジャンルを分け,描写,構図,色彩,インパクトを,評価して欲しいのである.この方が勉強になり,励みになる.アマチアの展覧会はプロの展覧会とは違うのである.

ついでに絵の飾り方について触れたい.どんな絵でも,飾る場所の雰囲気と合う必要がある.無機質な美術館に飾るより,宮殿や私邸に飾った方が雰囲気が出るし,同じように,無機質なオフィスでは油絵は似合わない.じゅうたんが引かれた,木彫の応接室なら,ぴたっと来る.

家庭では,マンション等で絵の飾る場所が少なくなった.以前,マンションの壁の上の隙間用に,横長の絵を百貨店に提案した事がある.いずれにせよ,家庭ではせいぜい8号どまりである.

もう一つ,絵をお祝いにあげる時,絵より額にお金を使うべきである.(1~2万円)絵を差し替えて楽しめるからである.但し,人物,風景,静物で額のデザイン,色が変わる可能性があり,あまり個性的な額にしない方が良い.結婚祝い,新築祝いなど,絵の裏にメッセージを書いたプレゼントはすばらしいと思う.お勧めである.

さて主題に戻ると,プライベートの生活の中に,一心不乱の時間を持つ事はすばらしい事である.厳しい仕事の気分転換はボーとする事ではない気がする.

数ある趣味の中で,絵を描く事は最も手っ取り早くやれる趣味である.何よりも,観察力が高まる事で,世の中がよく見えるようになる.今まで,ほとんど見ていなかった自分,既成概念で見ていた自分,に気が付く.絵画への興味で,人生が少し豊かになるかもしれないのである.

最後に絵を描くときのアドバイス(自分に言い聞かせている事)

①何を表現したいか自覚する(モチーフ)
②キャンバスの大きさに従って,構図をしっかり決める
③下絵をしっかり描く
④構図,下絵に従って明暗の面を意識して,薄く色を乗せていく

絵画の陥りやすいところは,(いつも失敗している事)

①一部の修正が次の修正を引き起こす.
②画き終えたと思っても,後日おかしなところが気になり始める.
③さらなる修正の繰り返しで絵をつぶしてしまう.

事である.これを避ける為に,上記①~④を厳守したいのである.実は絵で難しいのは,'妥協と終わりの決断'だと思う.

何か,難しいそうで絵画の進めどころではなくなって来たが,何かにつけ,表現とは簡単ではないと思う.だから面白いのである.

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2006.03.05

38 私のゴルフ川柳

ゴルフシーズンが始まりますが,私がしたためた川柳を紹介します.

・今日も又,片鱗だけの,ゴルフかな
今日も又,本番と臨むも,練習日
・今日も又,クラブたずさえ,裏街道
・いっちゃだめ,思うほどなびく,我がボール
白球が,林間をすり抜ける,気持ち良さ
・可能性,ないのに狙う,一か八
・出せば良い,これが出来ない,射幸心
・木にあたり,OBなんて,わしゃ知らん
・バンカー超え,計ったように,バンカーへ
・芝刈と,聞こえは良いが,砂遊び
・素振り良し,玉あるときに,なぜ出来ぬ
・打った後,やっぱりそうかと,言う不思議
・何か変,引っ掛けたと言う,自己弁護
・芯食わぬ,嘆く己に芯はなし
・6インチ,草をひねって,ティーアップ
・雨の中,ふと頭をよぎる,無駄使い
・お父さん,今なら間に合う,ゲートボール
・ダボトリと右肩上がりの景気よさ
・ナイスショット,滞空時間の,気持ちよさ
・パッティング,延々とやる,式次第
・読みすぎは,打つボールとは無関係
・カップなめ,ニヤリと安堵,同伴者
・OKと,言われても打つ,自尊心
・性格が,ショートパットに出る怖さ
・パッテング,ペッテングと勘違い
・頼むから,すり鉢状に,カップ切れ
・前組の,繰り返す素振りに,いらいらし
・40台,これを打ち消す,18番
・寄せワンに,ダフリ・トップが,出る悲劇
・のらぬ日は,寄らず入らず,嘆き節
・失敗が,失敗を呼ぶ,残酷さ
・ヘボな人,難しいところばかりに,玉が行く
・ウマイ人,優しいところばかりに,玉が行く
・バンカーで,無いと不安な,砂ならし
・さあやるぞ,気持ち早くも,午後に向く
・もうやめた,1週間後には,さあやるぞ
・開眼がいつまで続く,100回目

・ゴルフ場,絶対あれは,修行場

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