随想

2017.04.28

思考航海中の『多事論戯』号にようこそ

思考航海中の『多事論戯』号に,ご乗船くださいまして,ありがとうございます.(2005年9月記)

この『多事論戯』号は,大きく揺れる政治,経済,社会の荒波の中で,羅針盤もなく,『論に戯れ』ながら航海している小船であります.この『思考航海の記録』で,自分の考えを整理し,洞察力や思考力の向上に繋がれば,と思っています.

同時に,この『思考航海の記録』が,少しでも,ご乗船の皆様の思考のお役に立てば,さらに,幸いであります.

尚,時代を共有する為に,『私の生きて来た時代』,『ブログ発信の動機』,『政治状況』を備忘録として,記載しました.

            
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私の過ごして来た時代 (下図はクリックで拡大)

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私達の子供時代は終戦以降になる.この頃の日本は,後で想像したことであるが,身内の戦死,焼け野原,食量難の中ではあったが,戦争への不安や軍国主義から解放され,徐々に,安堵と希望が芽生えていたのではないかと思う.

この時代の子供達も貧困をことさら意識する事もなく,闊達に生活していたように記憶している.悲惨な戦争中を支えた横丁・長屋文化が,引き続き戦後の困窮生活を支えていたと思う.経済成長とともに,この文化は消えて行く事になるのだが.

学生時代は,安保反対の学生運動が下火になり,学生仲間では,マルクス経済学と近代経済学の論争や,ケインズ経済学と経済政策の勉学が活発であった.

社会は64年の東京オリンピックに向けて高速道路,新幹線,或いは社会資本の整備が急ピッチで行われ,人口の都会への集中を加速しながら,戦後復興に向けた活力が社会に満ちあふれていた.

そして,私の社会人時代は創業期のコンピューター業界へ就職から始まる.早速,情報システムの重要性,大きな可能性を予感する.その後,情報システムの普及,発達が企業の発展,ひいては日本の経済復興,高度成長の大きな武器になっていく事を身をもって実感するのである.

コンピューターと言う文明の利器が日本の成長に合わせたように発展した事に,つくづく日本の幸運を感じたのである.

就職後まもなく,69年の小川 ローザの'オー・モーレツ'(丸善石油CM)で男が奮い立ち,70年,チャールスブロンソンの風貌とバックに流れるLOVERS OF THE WORLD(MANDOM CM・SONG)で,男は美学を持った.60年代の三船敏郎の野生味にカントリージェントルマンのかっこよさが加わって,ブロンソンの風貌は一世を風靡したのである.

そんな洋楽の影響を受けて,歌謡界もムード歌謡が全盛になった.夜の社交場は飲み屋からキャバレー全盛に移って行った.若き女性達は,レナウン娘の歌に乗って’ワンサカワンサカ’華やいでいたのである.

世の企業戦士は,米国の映画,音楽,生活,の豊かさに憧れ,猛烈の美学を胸に,活力に満ちていた.100%仕事人間は家庭を犠牲にしながら,挑戦,経験を重ね,多くの武勇伝を歴史に刻んで行った.当時の私も,高浜虚子の『闘志湧きて,夏の雲湧く丘に立つ』の心境だった事を覚えている.

そんな時代の70年,万博が開催され,日本の経済に拍車が掛かる.その年に結婚.戦後のベビーブーム世代がニューファミリー族になって行く初期の頃である.そのニューファミリー族の個人消費は住宅,フローリング,ベット,シャワー付き風呂,家電,車,等に拡大して行った.その購買力は’お金を貯めてから買う’から’買ってからお金を払う’と言う全く経験のない買い方(ローン)で拡大して行ったのである.

政治の世界では,60年代の所得倍増計画に引き続き,72年の沖縄復帰の後,列島改造論で田中角栄が総理に就任,今太閤誕生で,国民の喝采を浴びる.ブルドーザーのような行動力で国内の社会資本整備を押し広め,70年代,80年代の高度成長期を牽引して行ったのである.

日本の経済はニューファミリー族,列島改造などによって『資産価値の上昇』『信用(与信)の拡大』『供給資金の拡大』『需要の先取り拡大』『債権債務の拡大』『GDPの拡大』と言うメカニズムで高度成長をひた走る事になる.

そんなわけで,公私ともに,右肩上がりの経済を実感した時代だった.そんな高度成長期の真っ只中で,85年8月12日,18時羽田発伊丹行きJAL123便が御巣鷹山に墜落し,520人の犠牲者が出た.夜,大阪で仕事をする為に,新幹線の時間を惜しんで,この便を頻繁に使っていた世の猛烈社員に激震が走った.その日以来,飛行機の予約は本人がする様になった.この墜落便を予約した人達の苦悩を目の当たりにしたからである.

そして,89年ベルリンの壁崩壊,天安門事件,91年ソ連崩壊,イラク湾岸戦争,等,が起こり,東西冷戦と言う世界の秩序が崩れ始める.日本では,89年,平成に元号が変わる.

経済では,暴騰する不動産価格を抑える為に,90年,金融の総量規制が始まる.これが引きカネになって,91年,資産価値の暴落,信用の収縮が始まる.一気に債権債務が不良化したのである.これが世に言う未曽有の『資産バブル崩壊』である.

その後,95年の阪神淡路大地震が発生.この災害対策も含めて,積極財政出動で景気の浮揚を図るも,日本経済は長期停滞を続ける事になる.数百兆の国債だけが残った.これが,後に言われる『失われた10年』である.

財政出動と言うソフトランデング(内科的治療)では高度成長時代に,はびこった構造的脆弱性を取り除く事が出来ず,産業構造の改革,日本的経営の改革,等,ハードランデング(外科的治療)が必要だったのである.

一方,80年代の米国の不況の中で,学生を中心に,パソコンやネットワークのベンチャーが胎動していた.そして,95年,マイクロソフトのWINDOWS95が世界で発売され,オープ,ダウンサイジング,パソコン,インターネットの新しい情報技術の世界が出現したのである.

世の中の改革に先駆けて情報システムの革命が始まったのである.以後,パソコン・ネットワークが日進月歩の技術革新を遂げながら,従来のコンピューターをレガシーに追いやり,家電,産業機器,なども巻き込んで,デジタル革命が進展する事になるのである.

そして、世界的規模のIT企業が誕生して行くのだが、日本は、80年代のような産業の活性化は見られなかったのである.阪神淡路大震災による大惨事も含めて,1995年は日本にとって,大きな節目の年になったのである..

その後、『失われた10年』を受けて,2001年,小泉政権誕生で,銀行に吹き溜まった大量の不良債権償却,小さな政府論による筋肉質の国家作りが始まった.一方,世の中は21世紀を迎えて,同時多発テロ,BRICS台頭,グローバル化,デジタル革命,等,大きな変化が起こっていた.そして,『グローバル,フリー,フェアーの文化』が閉鎖的な,伝統的な日本文化に大きな風穴を開け始めたのである.

そして,激変の真っただ中の2005年,私の現役時代が終わる.多分,同年代の人達は,私もそうだが,平成時代(90年代)より,昭和時代(70年代,80年代)の想い出の方が懐かしく思い出されると思う.経済成長の勢いの中で,現場での悪戦苦闘や武勇伝が鮮明に頭に残っているからである.

この様に,私達の世代は,70年代,80年代の高度成長時代,90年代,00年代のバブル崩壊による景気低迷,価値観の変化を経験してきた.改革旋風,デジタル革命,情報革命,産業構造の変化,国際化,など,日本の大きな変貌も目の当たりにしてきた.実に波乱万丈の40年間だったのである.

ブログ発信の動機

小泉政権以降,日本の構造改革がどう進むのか,極めて心配である.企業の改革も待ったなしの状態である.そんな中で,リタイアとなったが,後ろ髪が引かれる.つくづく,企業も事業も個人も,次の時代にふさわしい『理と気』を再構築しなければならないと強く感じているのである.

言うまでも無く,世の中は『理と気』で動いている.これは生きて行く為のものであるが,理は考え方,方向性を示し,気は行動力だと思う.理のない気は衆愚化を招き,持続しない.気のない理は言うだけになる.この『理と気』の持ち方いかんが,国家,政治,経済,企業,事業,個人,全ての生き方を左右する事になるのである

そこで,リタイアを機に,自分なりに,日本の行く末について,色々考えて見たいと思ったのである.そして,恥ずかしながら,自分の思考錯誤の内容を『論に戯れた記録』として,このブログに残す事にしたのである.

同時に,この『論戯を繰り返す事』で自分の知識力,思考力,立論力を研鑽し,少しでも,物の見方,考え方を向上させたいと思ったのである.そんな思いで,一人静かに,果てのない『思考の航海』に小船を漕ぎ出す事にしたのである.

この多事論戯の記録が,『一国民の思考史』になり,読者の『思考の刺激』になり,世の中の『思考力向上の一助』になればと思うのである.もうひとつ,この時代を忘れない為に,参考として,時代背景を記述しておくことにした.

蛇足ながら思考する際の『私の語録』の一つを紹介したい.

動物や植物は生きていく環境を固定して,そこで生きる機能を持った.一方人間は,どんな環境でも生きていけるように,考えて行動できる頭脳を持った.だから人間は常に変化に対して『CHANGE』が必要であり,それが生きる為の『CHANCE』になるのである.

人間の生き方としてはCHANGEとCHANCEは同意語なのである.日本古来の教えで言えば,『継承なくして創造なし,創造なくして継承なし』がある.これも,継承と創造が同意語なのである.この行動を辞めた時,人間は絶滅種になって行くのである.

この発想によれば,日本は古来より,島国で生きて行く為に島国根性や島国文化を身に付けて来た.それが今やボーダレス時代である.島国根性をCHANGEしなければCHANCEは来ない,と言う事になる.

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政治の状況①(バブル崩壊から小泉政権時代)(2005年9月記)

今,世界規模での市場経済・デジタル革命・情報革命,ボーダーレス化の真っ只中である.遅ればせながら,日本の政治も,行政も,企業も,個人も,従来の日本的なものとの葛藤を繰り返しながら新たな『理と気』を求めて動き始めたと感じている.

『理と気』の変化のきっかけは,91年のバブル崩壊である.暴騰した資産の暴落と経済構造の崩壊である.戦後の日本の発展を支えてきた日本的な価値観,仕組み,右肩上がりの前提が根底から崩壊し,高度成長で許容されて来た価値観や経済構造の脆弱性も露呈したのである.日本は戦後復興と経済の高度成長を世界に示したが,その終焉をも世界に示す事になったのである.

その後10年間,ソフトランデングを目指して積極的に財政出動を続け,資産価値や内需を支えようとしたが,数百兆の借金を作った割に,景気回復も政治・経済構造の改革も進む事はなかった.俗に言う『失われた10年』である.

日本の政治・経済が混迷し続けた90年代,米国ではIT革命(パソコン,インターネット等),デジタル革命が台頭し,世界的に広がり始めた.89年のベルリンの壁崩壊,91年のソ連崩壊で東西冷戦時代が終焉した.又,91年のイラク湾岸戦争で中近東が又騒々しくなって来た.中国では89年天安門事件が起こり,独裁政治への批判が高まった.

この様に,90年代は今までの秩序が崩壊し,新しい秩序に向けて,動き始めた時代になったのである
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そんな経緯の中で,2001年4月小泉政権が誕生し,日本に溜まった脆弱性,閉塞感を打破すべく新自由主義(新保守主義)による構造改革が始まった.金融機関の不良債権の一掃,小さな政府論による官から民・規制緩和による経済活性化・財政健全化,など国民の多くの賛同を得ながら,デジタル革命・IT革命と相乗するかのように,改革旋風が起こったのである.

米国では,2001年1月,共和党ブッシュ大統領が誕生.同年,『9.11同時多発テロ』が発生し,ネオコンサーバティブ色(新保守主義,タカ派色)を強めながら,アフガニスタン紛争,イラク戦争に繋がって行ったのである.一方ではBRICSの台頭が注目され始め,東西冷戦後の新しい秩序を求めて世界が動き始めたのである.

そんなわけで,世界も米国も,日本も,2001年頃から,新しい『理と気』の大きな転換が始まったと実感するのである.日本にとって,この転換は『明治の国作り』,『戦後の国作り』,に匹敵する『新たな国作り』に値するのかも知れない.

さて,既に始まっている新たな『理と気』の模索が,今後,日本的なものを一枚一枚剥がれて行く,いや,剥がして行く,事になるのか,改革と言えども,やっぱり日本的なものに回帰する事になるのか,あるいは,いわゆる外圧や日本の課題解決の為に『欧米流の理』に合わせざるを得なくなるのか,

今後10年間くらいは,この『理と気』の葛藤が続くと思われる.小泉政権後も日本は極めて大事な岐路に立ち続ける事になると思うのである.

政治の状況②(安倍,福田,麻生,鳩山,菅,各政権時代)(2011年5月記)

小泉改革政権は2006年9月まで続き,都合5年間の政権となった.その後,この新保守政治路線が引き継がれると思われたが,安倍政権は小泉政権の大議席を背景に憲法問題,教育問題に政策課題を移し,守旧派の復権など保守回帰に舵を切ったのである.

しかし,消えた年金問題や大臣の事務所費問題などから参院選に大敗し,小泉政権で築いた自民党の強さが参院から崩れ始めたのである.2007年9月福田政権が誕生するもネジレ国会で挫折し,2008年9月麻生政権が誕生,リーマンショックの発生で75兆の景気対策を打つ事になるが,すっかり改革機運の影が薄れ,古い自民党色を強めて行ったのである.

結局,自民党は衆議院選挙の大敗で政権を失う事になったが,小泉政権で得た大議席を3人の総理が食いつぶした形になったのである.長期政権の宿命だったかも知れない.

政治路線で見ると,戦後の『保守路線』,バブル崩壊による『保守路線の後退』,小泉政権の『新保守路線の台頭』,安倍,福田,麻生の『保守路線への回帰』,民主党の『リベラル路線?』と変遷しているのである.

さて,2009年8月誕生した民主党政権では根拠の薄いマニフェストや政権運営の未熟さが露呈し,加えて,鳩山総理は相続税問題,普天間基地移設問題で,早くも失脚する事になる.小沢幹事長も政治資金問題で退任し,一年もしないうちに,脱鳩山,脱小沢の菅政権が2010年6月誕生し,民主党のトロイカ体制が崩壊する事になったのである.

その後,菅政権でも,民主党内部抗争,マニフェスト問題,財政問題,政権運営,など悪戦苦闘が続き,2010年7月の参院戦で大敗し,国会は再びネジレ状態に陥ったのである.

そんな菅政権の支持率は大きく落ち込み,政権維持も危険水域を越えた.そんな矢先,2011年3月11日東日本に巨大地震(M9),巨大津波,福島原発破壊が発生した.東日本の太平洋沿岸部は,2万人の犠牲者と共に,廃墟になったのである.

この巨大災害に,過去の使える法令や必要な立法措置,あるいは,組織運営が分かっていない民主党政権が対応できるわけがない.日本は最悪の政権に最悪の大災害を抱える事になったのである.既にその最悪の兆候が被災者や日本の行く末に不安な影を落としているのである.

阪神淡路大震災の時は社会党の村山さんが総理だった.東日本大震災は民主党の菅総理だ.政治が不安定だと震災も起こるのか,と不運を嘆いたのである.

この様に,日本はデフレ,株安,失業,就職難,グローバル化,財政赤字,1000兆の借金,社会保障財源,電力不足,災害復旧・復興,原発事故,放射能汚染など,一気に奈落の底に引き込まれた状態になったのである.

大峰山の覗き修行で言えば,日本は絶壁にズズっと押し出されたカッコウである.恐ろしい事に,腰には命綱が結ばれていない.足を押さえている人も心もとない.たよれるものは自力しかないのである.

こんな状態で日本はどうなるのだろうか,大きな岐路に立っている.さて我々は,震災前,震災後を含めて,未来の日本に向けて,どんな『理と気』を持つべきなのだろうか.

確かな事は『国際的な生存競争に打ち勝つ』,その為の行動こそが政治や企業の『理と気』だと思う.これなくして,日本の国難は解決しないと思うのである.

振り返ってみれば,2005年9月から2011年5月まで244件発信してきたが,まさに『日本の大きな岐路』であって目が離せない情勢を感じるのである.

残念な事であるが,日本の難題が解決するどころか,絶える事なく,山積みされていく現実を思えば,今後も引き続き,『監視』と『論戯』をして行きたいと思う.

政治の状況③(民主党野田政権時代)(2012年7月記)

民主党三代目の野田政権が2011年9月発足した.菅総理の東日本大災害,福島原発事故への対応問題に区切りをつける意味での第三次の内閣発足である.

民主党マニフェストの実質崩壊もあって,野田政権はマニフェストから目をそらすべく,『社会保障と税の一体改革』を自公との合意で進める事になる.又,TPP推進,原発再稼動問題,将来のエネルギー政策,等の政治課題が政権に押し寄せてくる.

結局,『近いうち解散』を自公と約束して,消費税増税法案は国会を通過した.しかし,多くの政治課題に党内抗争を繰り返えして来た民主党は,結局,増税問題,原子力問題,TPP問題などで,分裂するのである.まさに『ごった煮政党』の顛末である.

政治の状況④(自民党阿倍政権時代))(2012年12月記)

解散を迫られた野田総理は結局,解散し,2012年12月16日天下分け目の総選挙の投票が行われた.その結果,民主党の惨敗,日本維新の会の台頭,自民党の圧勝で終わり,3年半ぶりに自民党政権が誕生する事となった.その議席数は自民294,民主57,維新54,公明31,みんな18である.この結果を受けて民主党野田代表初め主流派は責任を取って,党内役職を辞任したのである.民主党の再生に暗雲が広がる.

大勝利した阿倍政権は早速,組閣,政府人事,党内人事に着手.新総理は来夏の参院選対策もあって,経済復興,災害復興,を優先し,金融政策,財政政策,成長政策に着手すると発表.市場も,これに反応して,円安,株高に動き始めた.(執筆中)

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記事一覧の続き

260 FREE/FAIR/GLOBALの潮流と日本(11・10・23)
259 増税路線か成長路線か(11・10・21)
258 夢が飛び交う『幼稚園の運動会』(11・10・11)
257 原発事故損害賠償の抜本的見直しを(11・09・28)

256 縦と横の視点(11・09・26)
255 第二次情報革命の伸展(11・09・25)
254 依然と続く民主党思考力の問題(11・09・12)
253 民主党野田政権誕生に感じた事(11・09・03)
252 法律相談 『島田紳助芸能界引退』(11・08・25)
251 次期政権と今後の政治体制の問題(11・08・11)

250 私なりの福島原発事故対策の状況認識(11・07・26)
249 今後の原発政策『論戯』(11・07・10)
248 災害大国に『有事の備え』がない原因(11・07・07)
2
47 即刻民主党の分裂・政権離脱を(11・06・29)
246   再生可能エネルギー法案と電力事業の展望(11・06・23)
245 菅政権不信任案提出劇と,その後の政局(11・06・02)
244 合成の誤謬政権がメルトダウン政権に変質(11・05・26)
2
43 原発事故賠償スキーム政府案の本質的問題(11・05・17)
242 震災後2ケ月 『現状認識と今後の舵取り』(11・05・11)
241 政治力と避難生活・仮設住宅・復興計画(11・04・25)

240 国難ならばこそ国民に信を問うべきだ(11・04・18)
239 欠落『有事の備え』『有事の政権担当能力』(11・04.10)
238 問題だらけの巨大災害・原発破壊への対応(11・03・27)
237 巨大地震・巨大津波・原発破壊が発生(11・03・12)
236 評価に関する英語表現と日本語表現(11・03・4)
235 始まった『自爆の国会』,『政局の国会』(11・02・03)

234 与謝野氏の入閣劇と,その影響(11・01・15)
233 漂流し続けた2010年と今後の日本(10・12・25)
232 龍馬伝のクライマックスで流れたテロップの怪(10・11・30)
231 若者の深刻な就職問題に思う事(10・11・23)

230 中国漁船衝突事件への政府対応の問題(10・11・17)
229 潮流(自由貿易・集団安全保障)と日本(10・11・07)
228 平城遷都1300年祭への違和感(10・10・12)
227 ナショナリズムとグローバリズムと中国(10・09・26)
226 中央集権か地域主権か(10・09・08)
225 音楽の好みと政治思想(10・09・04)
224 限界が露呈した民主党政権(10・08・25)
223 終戦の日・改めて戦史年表をじっと見た(10・08・16)
222 次世代インターネット空間(10・08・09)
221 円高・デフレ対策考(10・07・30)

220 第5期グローバル時代(10・07・24)
219 コラム・小説のタイトル,書き出しへの興味(10・07・17)
218 参院選後の政権・政局(10・07・12)
217 増税論議の基本(10・06・18)
216 参院戦のキャッチコピー考(10・06・17)
215 民主党支持率回復の怪(10・06・12)
214 民主党内部抗争の勃発(10・06・02)
213 無責任体質の首相・民主党(10・05・24)
212 鈴木教授提言(第3への道は誤り)への賛同(10・05・17)
211 山口教授提言(民主党原点回帰)への反論(10・05・14)

210 最悪の政権担当能力(10・05・09)
209 首相は不起訴相当か(10・04・27)
208 出口未定の事業仕訳(10・04・23)
207 動き出した政界再編の目(10・04・19)
206 黒船来襲・携帯革命(10・04・14)

205 民主党目玉政策への所見(10・03・16)
204 住民税の納付方法への疑問(10・03・10)
203 介護が雇用対策か(10・03・06)
202 タイガーウッズの去就(10・02・20)
201 国会論戦への疑問(10・02・18)

200 首相の政治資金問題の推察(10・02・13)
199 本日は『建国記念の日』日本の祝日を考える(10・02・11)
198 政策に求められる戦略性と平等性(10・02・09)
197 危険水域に来た国の借金(10・01・29)
196 自民低迷理由と政界再編(10・01・13)
195 混迷が続いた2009年と日米の政変(09・12・31)
194 釣りバカ日誌の感想(09・12・28)
193 巨額借金より優先する無責任政治・政策(09・12・19)
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92 クラウド・コンピューテング考(09・12・17)
191 円高・株安・デフレ対策 (09・12・03)

190 整合しない政策・予算編成・事業仕訳(09・11・13)
189 またか・タバコ増税論(09・11・03)
188 郵政見直しへの疑問(09・10・21)
187 只今民主党政権を静観中(09・10・13)
186 自民党崩壊と政治路線の行方(09・08・31)
185 内需拡大より外需拡大を(09・08・30)
184 地方分権・脱官僚論議(09・08・13)
183 マニフェスト合戦への危惧(09・07・31)
182 旧態依然の選挙活動(09・07・30)
181 全体予算構想のないマニフェストは論外(09・07・28)

180 歓迎すべき党内部抗争(09・07・20)
179 私の政局予想(09・07.05)
178 コンビニ再販価格と独禁法(09・06・29)
177 もう一度改革路線を(09・06・25)
176 自民党の凋落要因(09・06・24)
175 死の判定と臓器移植(09・06・21)
174 スロージョギングの薦め(09・06・16)
173 国家財政と民主主義(09・05・31)
172 政権交代より政界再編(09・05・15)
171 憲法第96条・憲法改正(09・05・03)

170 世襲議員是非論(09・04・26)
169 国家財政の展望なくして国家運営できず(09・04・15)
168 WBCで見えた事(09・03・27)
167 政治資金への所見(09・03・14)
166 給付金と言う政策の間違い(09・03・06)

165 政局予想(保守と改革の分離)(09・02・23)

164 私の景気の見方(09・01.29)
163 原点を探る(音楽・絵画・オバマ新大統領)(09・01・20)
162 財政積極出動への懸念(09・01・10)
161 労働問題への私見(09・01・07)

160 危機・混乱の2008年(08・12・31)
159 経済危機対策への懸念〈08・12・02〉
158 言語表現へのこだわり(08.11.26)
157 古都の紅葉(08・11・24)
156 経済危機で変わる事(08・11・16)
155 麻生戦略と民主党(08・10.・30)
154 金融・経済危機の教訓(08・10・20)
153 衆院解散きっかけ争い(08・10・03)
152 日本の3大閉塞感(憲法・借金・文化)(08・09・14)
151 自民党総裁選早くも失望(08・09・11)

150 総裁選・総選挙の勝つ為の論法(08・09・06)
149 福田総理辞任のわけ(08・09・02)
148 柔道とJUDOに見る併存文化論(08・08・31)

147 身長別オリンピック競技種目の新設(08・08・26)
146 オリンピック選手の出場交代がない不思議(08・08・18)
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45 北京オリンピック開会式の感想(08・08・10)
144 たばこ増税論戯(08・07・13)

143 消費は美徳か(08・07・06)
142 パスポート発行手数料の疑惑(08・07・01)

141 哲学の道から琵琶湖疎水・京都を見る(08・05・31)

140 行財政の集権と分権(08・05・20)
139 大災害こそ国威発揮を(北京オリンピックを前にして)(08・05・16)
138 組織論理の危うさ(08・05・15)
137 後期高齢(75歳)の意味(08・05・05)

136   天引文化を考える(08・04・21)
135 供述調書引用本の大問題(08・04・12)
134 温暖化ガス削減問題(08・03・20)
133   道路目的税の一般財源化の意味(08・03・19)

132   食料自給率向上は食文化にあり(08・03・16)
131   イージス艦と漁船の衝突事件に見る稚拙な批判(08・03・04)

130   偉大なるインターネットを語る(08・02・28)
129   論理・主張の一貫性(08・02・26)
128   経済国際化時代の経済統計の在り方・見方(08・02・26)
127   米大統領選挙制度
(08・02・10)

126   ガソリン暫定税率論議(08・01・20)
125 混迷が続く08年(07・12・31)
124   増税論議の前に(07・11・12)

123 政治混迷の根幹(07・11・06) 
122 ゴルフの薦め(07・11・05) 
121 人事制度再設計ニーズへの所見(07・10・29)

120 食品表示の功罪(07・10・27)
 
119 亀田騒動の根幹(07・10・17)

118 j-SOX法の懸念(07・10・11) 
117 相撲リンチ事件の本質的問題(07・10・09) 
116 保守VS改革の政党再編の予感(07・10・05) 
115 どう考える900兆の借金(07・10・02)
114 放送と通信の融合(07・10・01) 
113 自民総裁戦結果(07・09・24) 
112 憲法と自衛隊海外活動論争(07・09・20)
111 自民復活になるかPOST阿倍の自民党総裁戦(07・09・17)

110 独占スポーツ番組への懸念(07・09・17)
109 安倍総裁辞任が意味するもの(07・09・12) 
108 自民党参院選惨敗が意味するもの(07・08・03)
107 相次ぐ自然災害に思う事(07・07・23) 
106 新潟を語る(07・07・18
105 accountabilityの強化(政治風土改革)(07・07・14) 
104 しょうがない心理(07・07・05)
103 参院選挙を考える(07・06・22) 
102 コムスン事件で隠してはならない介護事業の問題(07・06・10)

101 年金問題の本質(07・05・30) 

100 100号を振り返って(07・05・28)
099 サミットと北京五輪(07・05・19)
098 宗教に見る自力と他力(07・05・06)
097 地球環境と経済(07・05・01)

096 いまでも残る戦前の残像とこれからの文化(07・04・29)
095 強まる『すっきり』への欲求(07・04・29)
094 天下り問題の本質的対策(07・04・27)

093 音楽の薦め(07・04・20)

092 絵画の薦め(07・04・18)
091 私の紳士ファッション考(07・04・12)

090 インターネット上の著作権と複製権(07・03・30)
089 百貨店の過去・現在・未来
(07・03・27)
088 ロングテール現象(07・03・24)

087 政策選択の視点(07・03・23)
086 堀江判決(07・03・17)
085 田舎の火事騒ぎ(07・03・11)
084 華麗なる一族(07・03・07)
083 ナレッジシステム(07・03・03)
082 6カ国会議の評価(07・02・14)
081 こだわり性分(07・02・10)

080 私的複製権(07・02・01)
079 テレビ局の課題(07・01・29)
078 箱物行政の対策(07・01・27)
077 損得の前に善悪を(07・01・24)
076 労働多様化と残業問題(07・01・21)
075 今後の自治体WEBサイトの考察(「07・01・19)

074 法律で骨抜きを許す放置国家(07・01・15)
073 日本の分水嶺 2007年(06・12・31)
072 6カ国会議の行方(06・12・25)
071 税調会長辞任劇(06・12・22)

070 道路目的税問題(06・12・18)
069 日本を揺るがすアーキテクチャーとテクノロジー(06・11・27)
068 堀江氏の法廷闘争(06・11・20)

067 談合問題(再)(06・11・17)
066 タウンミーティング(06・11・16)
065 行政の無責任備忘録(06・11・03)
064 いじめ問題(06・10・31)
063 光IP電話大障害(06・10・26)
062 根本的教育テーマ(06・10・23)

061 B型人事の特徴(06・09・29)

060 必然と偶然(06・09・26)
059 形だけの小選挙区制度の危険(06・09・21)

058 大学の課題と対策(06・09・20)
057 広告収入で支えられたネットサービスのリスク(06・08・17)

056 緊急を要する天皇家,宮家の継承問題(06・09・07)
055 小泉改革路線の続行を(06・08・22)
054 歴史認識問題の整理(06・08・10)
053 SE/PGの再考(06・07・26)
052 満足度と貢献度(06・07・26)
051 W杯で見えた事(06・06・23)

050 昔の肩書きを付ける日本の文化(06・06・20)
049 儲ける事を卑下する風土の不思議(06・06・17)
048 国家運営の効率化(06・06・10)
047 違和感のある官の言い方・特権意識(06・05・09)

046 プロジェクトマネージメント(06・04・25)
045 図解思考・図解の重要性(06・04・05)
044 格差社会論議(06・04・02)
043 情報システムの設計・開発と必要スキル(06・03・29)
042 情報システムのトラブル(06・03・28)
041 会社と社員の変貌(06・03・15)

040 マイナーとメジャーにみる文化論(06・03・12)
039 芸術の将来(06・03・12)
038 私のゴルフ川柳(06・03・05)
037 人間の頭脳と行動(頭の良し悪しの違い)(06・03・05)
036 IT産業の経済的特質(06・02・27)
035 ライブドア事件と守旧派(06・02・21)

034 意味不明の’慎重に’(06・02・19)
033 経済事件と経営者(06・02・17)
032 競争と和の混在から分離共存の社会へ(06・02・07)

031 地域経済振興策の回帰(06・02・04)

030 演繹法と帰納法(06・02・03)
029 1頁と100頁の契約書にみる日米文化(06・01・31)

028 偽装問題への思考力(06・01・18)
027 血統主義の課題(06・01・07)
026 大義に潜む危うさ(06・01・01)

025 建築業界体質(05・12・06)
024 談合問題の本質(05・11・20)
023 政治に望む立論力(05・11・15)
022 少子高齢化対策(05・11・07)
021 株買占めへの抵抗感と無防備さ(05・10・18)

020 プロセス重視への変化(05・10・15)
019 葛藤する日本文化②(05・10・02)
018 植物に学ぶ(05・09・28)
017 NHK受信料への指摘(05・09・27)
016 安全保障の論理的選択肢(05・09・21)

015 私の発想・語録(05・09・18)
014 不便な事と便利な事の功罪(05・09・17)
013 行政改革と電子行政(05・09・16
012 フラットな産業構造(05・09・16)
011 小泉政権圧勝(戦う構図の勝利)(05・09・14)

010 情報の語源と今後の情報システム(05・09・11)
009 経営に求められる状況認識の視点(05・09・10
008 企業活力の源泉(05・09・08)
007 全体主義と個人主義(05・09・08)

006 継承と創造(05・09・08)
005 7・5・3の不思議(05・09・06)
004 情報化社会に問われる日本的表現力(05・09・06)
003 生産性(改善)と戦略性(改革)(05・09・05)
002 葛藤する日本文化①(05・09・04)

001 政党に問う(05・09・02)

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2017.03.30

466 新年度、気分転換に頭の体操を

気分転換に二つの問題を紹介したい.

問題1.何か変だぞ!と頭をかしげる問題

下図の問題は、毎年の新入社員に、5月連休明けまでに解答を求めた問題である.

Photo_5

残念ながら正解を出した新入社員はいなかった.そんなわけで、答えを出せなくても,考える事が頭の体操になる問題である.

問題2.エー!と絶句する問題

この問題は誰でも出来る問題である.手順は下図の通りだが、この問題を解いた時、誰しもが、こんなことがあるのかと、絶句すると思う.

Photo_6

飛行機がクラッシュして(紙飛行機を図の破線のように真横に切る),機体がバラバラになって落下.墜落現場は機体(紙片)が散乱しているのだが、このバラバラになった機体(紙片)のすべてを使って、この情景を表す英語の言葉を作る事が出来る.さて,その言葉とは?.

これが問題である.解いた人は、その答えに、驚愕し,絶句すると思う.同時に、これを発見した人はノーベル賞ものだと思うはずである.

(尚、当ブログに、2問の回答をコメントしないで下さい.コメントをされても,当方で削除させていただきます.)

 

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2017.02.07

462 PostーTruth 考

’Post-Truth’は 2016年の英国流行語だそうである.意味するところは、’真実より感情’’真実は二の次’の時代になったと言う意味の様である.具体的には、英国国民投票による’英国のEC離脱’’米国大統領選のトランプ氏の当選’を指しているようである.

私の感じるところ、国民投票や大統領選で,’真実より感情,歪曲,嘘’がまかり通ったと思うのである.アジテイターが良く使う、ハッタリ,強弁の説法が,ナショナリズムに火をつけて、世論が動いたのだと思う.あまりの効果にアジテイター自身が一番驚い.ていたかも知れない.

両方とも、予想を覆された知識人から見ると、’どう考えても、そうはならない’と思った事が現実に起きてしまい、唖然としたと思う.そこで、’真実が伝わらない’’真実の時代は終わった’’感情や嘘の時代が始まった’と捨て台詞を言うように、この言葉を吐いたのかも知れない.しかし、この言葉が言い得て妙なだけに、2016年の英国の流行語になったのだと思う.

私見によれば、この’Post-Truth’現象が国民投票や大統領選挙の情報戦みならず、日常の政治、行政、企業、あるいは個人の発信にも、紛れ込んで、すでに、’Post-Truth’現象に、ドップリ浸かっているかも知れないのである.

古来より、このような情報操作、世論操作はあったと思うが、現在の情報社会の中では、いとも簡単に情報が飛び交うだけに、’Post-Truth’現象が起こりやすい環境にあると思うのである.言い換えると、情報社会が’Post-Truth’現象を加速させているとも考えられるのである.

一方、情報社会は歪曲、嘘に対し、反論する事も可能であり、結果として、情報が真実に近づく可能性もある.しかし、その保証はない.結局,事実か、歪曲か、嘘かは、読み手の判断次第と言う事になると,’情報社会の危うさ’は結局、野放しになるのである.言うなれば、情報社会の危うさを抑制する,ビルトイン スタビライザー(見えざる手)は存在しないと言う事になるのである.

もしかすると、我々は、真実こそ大事だと言う概念に凝り固まっているのかもしれない.情報社会の危うさや歪曲、嘘の氾濫を危惧するのは、真実がゆがめられる事の不安から来ている.

しかし,何が真実か、わからないのが実態である.真実だと主張しても、そこに、歪曲や嘘がまぎれこむ事だってある.

そう考えると、真実が重要ではなく,情報バトルが重要だと言う事になる.それがビルトイン スタビライァーとなって,世論を形成すれば,’Post-Truth’の意味は’真実より世論’と言う事になる.その事は、情報社会や思想、言論の自由と合致するのである.

それをポピュリズムと言うのかも知れないが、それが民主主義の基本である.同時に,情報バトルと言うビルトインスタビライザーが機能していれば、情報社会、言論の自由、世論、に内在する危うさを気にする必要がなくなるのである.

そうなると、英国知識人が,あってはならないとして、皮肉で言ったと思われる、’Post-Truth’と言う言葉の意味が,'真実より世論’と言う意味になって、あり得る現象、肯定的な言葉に変わってしまうのである.

この意味の変更に、英国知識人は、又、唖然とするかもしれない.又,’世論の危うさ’を感じている日本の知識人や官僚、あるいは政治家も,’Post-Truth’(真実より世論)の時代の到来に否定的になるかも知れない.

いずれにせよ,今日の情報社会と言うものは、好むと好まざるとにかかわらず,’真実より感情’,’真実は二の次’と言う危うさを超えて,’真実より世論’の時代に向かわせると思うのである.

こんな思考の整理で良いのだろうか.頭が疲れたので,解のない議論は、これで終わりにしたい.

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2017.01.06

456 2017年は混沌の時代、’創発’がキーワードか

創発の代表的な現象である’群知能’について、先ず、触れてみたい.

無数の鳥や魚が大編隊を組んで、大空や海中を、すごいスピードで、縦横無尽に飛んだり、泳いだりしている.決して、お互いが、ぶつかる事はない.又、多数のホッケの群れが海中に竜巻のような柱(ホッケ柱)を作ったりもする.

蟻は餌から巣までの最短距離の経路を見つけ、多くの蟻が,その経路を通る.多数の蟻や蜂は立派な巣を作くったりもする.数十から数百対の足を持つムカデがスムーズに走行するのも見事である.いづれも、子供のころから,どうして、そんな事がな出来るのかと,不思議だったのである.

これらの現象は,それぞれの生物が、編隊を組もうとか,身を守ろうとか、こんな形の巣を作ろうとか,を意識して行動しているわけではないのだと言う.勿論、指示を,出している、賢いリーダーがいるわけでもないのである.只、鳥や魚は数個の行動ルール(習性)に従って動いているだけだと言うのである.

同じように、ムカデも歩くために脳が多くの足に指令を出しているわけではなく、それぞれの足が持つ行動ルールに従って動いているだけで,それが集合体となると歩く動作になるのだと言うのである.

このように,数個のルール(習性)しか持たない個体が群れる事によって、予測できない新たな機能が創発されているのである.この知能を群知能(Swarm Intelligennce)と呼んでいるのである. 

(創発とは局所的な複数の相互作用が複雑に組織化することで、個別の要素の振る舞いからは予測できないようなシステムが構成される、と言う現象を言う.)

この自然の生き物が持つ群知能を製品に取り組もうと、元になる行動ルール(習性)を解明しようとする研究は30数年程前から始まった様である.そして1987年、CG用ソフトとしてBOIDS(ボイド)が開発されると,鳥や魚の行動ルール(習性)を解明する事が簡単になったのである.ルールを変えながら,その群行動をCG映像で確認できるからである..

具体的には,個体に①他の種類の鳥(魚)から離れる事,②同類の鳥(魚)と一定の距離を保つ事(衝突防止),➂一定の距離を持つ鳥(魚)と並行に飛ぶ(泳ぐ)事、と言う 3個のルールを与えてコンピュータ上で数千の個体を動かすと、リアルの映像と同じような大編隊の動きが,CG映像として再現されるのである.

このCG映像化の技術は多くの映画に使われているのである.同じように、ホッケ柱も,ホッケに数個の行動のルールを与えるだけで,ホッケ柱のCG映像が出来るのである.勿論、群知能はCG映像作りだけでなく、多くの製品に組み込まれ始めているのである.

しかし,動物毎の行動ルール(習性)がすべて解明されているわけではない.例えば,ハチの巣や亀の甲羅が正6角形で出来ているのは、無駄な空間を作らず、一つの型の面積を出来るだけ大きく、しかも外周の長さは出来るだけ短く、強度もある形、だからである.これは進化の中で出来あがった知恵だとしても、蜂の大群を構成している個々蜂が、どんな行動ルールを持っているのか解明されているわけではない、蟻の巣にも同じ事が言えるのである.

そんなわけで、動物の群知能には興味を持つのだが、解明できている鳥や魚、等の行動ルールから想像できることは,戦闘機やドローンに数個の行動ルールを与えるだけで、自動的に,編隊を組んで飛ぶ事が出来のではないか、あるいは、高速道路を走る車に数個の行動ルールを与えるだけで、自動運転ができるのではないか,又、多足歩行ロボットの各足に、簡単な行動ルールを与えるだけで、障害物があっても歩けるロボットが出来るのではないか,と想像するのである.

もっと夢のあることを言えば、人間の細胞とか,免疫に、行動ルールがあって,その集合体に群知能があって,それが人間の体を支えたり、壊したりしているとしたら、細胞や免疫の行動ルールを解明すれば、ガン細胞を死滅させることができるかも知れないのである.

一方、人間は大きな頭脳を持っているだけに,多くの人が集まっただけで,群機能のような,統一された、再現性のある行動をとる事はないと思うが、多くの人の行動が複雑に組織化する事で,予測できない創発的な価値観や行動が生まれる可能性は否定できないのである.

今年は国際政治も国際経済も、あるいは,価値観も、これまでの秩序が崩れて,まさにカオス(混沌)の時代に突入するのではないか、と感じるのである.

そうだとすると、カオス状態ならばこそ、群知能,AI、脳科学を活用した,創発的な新製品が出たり、人間行動のビッグデータで行動の予測が出来たり、新しい創発的な価値観や行動が現れたり、何が飛び出すかわからない年になりそうである.

これまで、世の中は、パソコン、インターネット、スマートフォン,あるいは、製品のデジタル化の発展で,産業構造や人間の行動が大きく変化して来た.この変化は技術革新の予想の中で、想像して来た現象である.これからは、予想だにしない『創発』が今年のキーワードになる予感がするのである.

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2016.12.22

455 東京五輪4者協議会の感想

12月21日、東京五輪4者協議会が開催され、組織委員会から、次の発言があった.

①オリンピック総額費用について(第一次概算見積)

・ハード  6800億円(恒久施設 3500億円、仮設 3300億円)
・ソフト  8200億円(運営費)

・予備  1000億円~3300億円

・合計 1.6兆円~1.8兆円

この発言に対し、協議会としては、過去の3兆、2兆、と言う数字をリセットし、今後、この数字がベースになって,マネージメントされるとした.

都知事より、予算の一元管理体制を作りたいとの発言があった.IOCより、縮減への感謝と、更なる縮減を要望された.

②予算分担について

組織委員会が5000億円負担するので、残り、1.1兆円~1.3兆円を東京都、準会開催自治体、国でどのように分担すべきか早期に決定すべきだと発言.

この発言に対し、都知事より,東京都、組織委員会、国で1月より検討に入りたい、との発言があり、了解された.

私の感想

この4者協議会を聞いて、依然として,組織間のもやもやを感じたので、述べてみたい.

① 組織委員会の姿勢への疑問

組織委員会は,これまで、IOCの出先として、オリンピック全体を取り仕切るような発言をしてきたが、その姿勢は今でも、変わっていない.相変わらず,競技場や運営に関して、組織委員会が仕切り,その費用は行政が負担すると考えているようである.構図的には組織委員会の下に東京都や国があるような態度である.

しかし,現実はオリンピックの収入の何倍もの公金が必要であり、もはやIOC,組織委員会が意図する独立採算事業ではなく,行政が仕切る公共事業になっているのである.

従って、行政の下部組織として組織委員会が位置づけられるのである.当然、オリンピックと言う公共事業への公金支出は、都知事、都議会、あるいは政府、国会の判断で行われるのであって,IOCや組織委員会が勝手に公金の額、使い道を決める事は出来ないのである.

この当たり前の構図からすると、全体予算を組織委員会が発表する事、事態がおかしいのである.本来なら、行政の判断に基づいて、都知事、もしくは、政府が発表するべきなのである.

更に言えば,今回の組織委員会の説明で,組織委員会が”5000億円負担するから、残り,1.1兆~1.3兆は行政が負担せよ”は間違いである.

正しくは,”5000憶はオリンピックの
収入見積額であり、この公金である収入を組織委員会の活動費に勝手に使ってはならないからである.組織委員会の活動費は更なる削減に向けて,1.6兆~1.8兆の中に位置づけられるのである.

どうやら組織委員会は自分たちの収入で自分たちのやる運営費に供されると勝手に思っているようである.独立採算の事業だとの幻想がまだ残っているようである.

今回、出された数字は次の算式が出来ただけである.

総額(1.6兆~1.8兆)-収入(5000憶)=公金負担額(1.1兆~1.3兆)

この算式で、総額をどう減らすか、予備費をどう見るか、収入をどう増やすか、その結果、公金負担額が有効性から見て納得されるのか、の評価になるのである.公金負担額の分担は次の議論になるのである.是非、3者協議会で,この議論をして欲しいのである. 

以上の様に、依然として、IOC、組織委員会の認識、役割と行政の認識、役割とが噛みあっていないのである.

② 政府の姿勢への疑問

そもそもオリンピックを東京都が招致したのだから、”国の負担を要求する場合は国でなければならない理由を東京都が説明する事が大事だ”と相変わらずオリンピック担当大臣は言うが、全く役人根性そのままである.IOCの陳腐なスキームを盾にした発言だと思うが、オリンピック開催は他人事のように考えているのである.

IOCのスキームがどうあれ、東京オリンピックは日本全体に有形、無形の効果を上げる為に開催されるのであって,国を挙げての事業である.この認識が無ければオリンピック担当大臣は失格である.IOCと国が契約しているほどの認識が必要だと思う.

従って、政府としては、日常以上の安全対策の充実は勿論だが、東京オリンピックの目標をもう一度共有し,その為の財政出動や,東京都、準開催自治体の財政支援も積極的に考えるべきだと思うのである.現在の政府の姿勢は最大の課題かもしれない.


実質予算の分担案

1月から東京都、組織委員会、国で協議することになったが、
次のような分担案はどうだろうか.バランスが取れていると思うが.

・ハード(新設、仮設)は所有自治体、国が負担
・但し,仮説費用は国が負担(特別交付金等)
・ソフト(運営費)は内容ごとに東京都、組織委員会、国が負担
・予備費(想定外費用)は国が用意
 

本来なら、予算の分担問題はオリンピック予算策定前に決めて置く話だと思うが、オリンピック予算が、どれくらいになるかわからない段階で、分担方式を決める事は現実的ではないとも感じるのである.そこで、大枠のオリンピックの予算を見て、上記の案を考えたのである.この考えで、具体的な分担内容を議論したらどうだろうか.

④ この実質予算額(1.1兆~1.3兆)が評価できない問題

根本的な問題だが、

前ブログ 454 東京五輪の財政負担が納得される条件(16・12・06)

でも述べているが、国民や都民が納得できる条件(有形、無形の有効性)が述べられていない事から、実質予算額を評価できないのである.

そもそも東京オリンピックの目的がはっきりしていない事が大問題なのである.早急に、国民、都民が共有できるコンセプトを示すべきである.

又、オリンピック予算と言っても、一般の公共事業に付け替えられたら、オリンピック予算は守られたように見えるが、実際は増大することになる.逆に、オリンピック予算になんでも突っ込まれたら,公金が無駄に使われる事になるのである. 

れでは実質予算と有効性の評価が出来なくなるし、オリンピックの予算管理も空洞化するのである.そんなことにならない様、透明性をもって、しっかり管理すべきだと思うのである.

何れにせよ、民主主義の基本は、実質予算額を都民、国民に納得してもらう為には効率化内容や有形、無形の有効性を説明する事である.当然、議会の審議には不可欠である.

以上、感想を述べたが、やっぱり、日本は,巨大プロジェクトの組織化や役割体系化が不得手で、不確実性ばかりが言い分けのように聞こえてくるのである.

全体構想問題、国立競技場問題、エンブレム問題、オリンピック組織体制問題、予算問題、等々に引き続いて、まだままだ、問題が続いて出そうである.



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2016.12.06

454 東京五輪の財政負担が納得される条件

依然として,オリンピック関連の財政負担の大きさに不透明感があり、国民も都民も財政負担の評価ができない状況におかれている.オリンピックが終わるまで、財政支出の額が分らない事態になるのだろうか,これでは,東京の財政が後の祭りになりかねないのである.

東京都、組織委員会、政府は早急に,財政支出の考え方、規模、有効性について、国民、都民に示す必要がある.これは民主主義における,政治,行政の基本中の基本だと思うからである.

そこで、評価判断できる財政支出の条件をまとめてみた.果たして,どのような検討結果が示されるのだろうか.

1.競技場に関する財政支出が納得される条件

競技場の準備に関する財政支出については、次の検討結果を示す必要がある.

①既存の競技場を利用する場合

スリムなオリンピックを開催する為に、先ず、既存競技場の適否の判断を最優先で行い、競技場毎に判断結果、財政支出規模、負担元、を公表する必要がある.判断に当たっては、新設ありきの既存競技場評価には要注意である.

②新規に競技場を建設する場合

既存競技場の利用が出来ない場合、新設となるが、当然、オリンピックの為だけではなく、将来にわたって、その資産が有形、無形,含めて,有効性があるかどうか、新設、維持管理費の軽減が図られているかどうか、が重要になる.

財政負担の軽減策として,機能削減による費用削減、既存資産の売却による財源確保、あるいは、オリンピック後の新設競技場の転売、もしくは、利用権売却、等の検討が必要である.

この議論なくして、都民,国民の承認は得られないし、将来に大きな負の遺産を残すことになるのである.

現在、競技場関連(ハード)で1兆円かかると言われているが、財政負担の軽減策や新設の有効性が説明されていないと思う.早急に、軽減策を踏まえた競技場毎の財政支出規模、将来の有効性を明らかにすべきだと思うのである.

2.オリンピック運営に関する財政支出が納得される条件

オリンピックの運営費用はまさに費用であり、運営収支が赤字になれば,その赤字額は財政を直撃することになる.この運営収支は競技施設を無償で使うとすると,下記のように算出される.

オリンピック運営収支=オリンピック関連売上ー運営費ー仮設費用

現在、ロゴ使用料、放映料,入場料、グッズ販売の売り上げは、5000億程度と言われている.一方、運営費、仮設費、は1.3兆程度かかると言われているのである.したがってオリンピック運営収支は8000億の赤字と言うことになる.

この8000億の赤字を財政支出で賄うことになるのだが、オリンピックの大義,意義,経済効果,税収増,等,有形,無形の有効性を考慮して、国民、都民が納得できる負担なのか、どうかが評価される.

今のところ、この問題が話題に挙がっていないのだが、この赤字負担は財政を直撃するだけに、大問題になると予想される.しかも、記1.3兆は,なんの根拠もない、無責任な数字だけに、当然、大幅な運営費の削減が求られる事になる.早急な見積もりが必要である.

以上1.2.のように,大雑把であるが,今後の費用削減が無ければ、総額2.3兆円の支出に対し、5000億の売り上げで、1.8兆円の財政負担になるのである.

この1.8兆円の負担が,オリンピックの大義,意義,経済効果,税収増,等,有形,無形の有効性を考慮して,国民,都民が納得できるかどうかが最大の争点になるのである.

是非、この収支について、積算結果を公表すべきである.

3.私見での試算

競技場関連の資産支出を2割削減し、8000憶、オリンピック運営収支は運営費用の3割削減で9000億、収入5000億として、差し引きオリンピック運営費の収支は4000憶の赤字,とすると,全体の財政負担は競技場関連で8000億、オリンピック運営収支の赤字4000億、都合、1,2兆円がトータルの財政負担となる.

この1.2兆円の財政負担に対し、有形、無形の有効性で国民や都民が納得するかどうかが最終的な争点になる.勿論、納得性は向上すると思うだけに、上記削減を実現すべきだと思うのである.

以上、メリハリのある財政支出をすべきだが、あんまりにも、遅すぎる感じがするのである.そもそも、国立競技場問題、エンブレム問題、で、組織作りとマネージメント力に大きな心配をしたのだがその心配が払しょくされないまま、まだまだ、大きな問題が目の前に迫っているのである.つくづく、日本の巨大プロジェクトのマネージメント力の弱さを感じるのである.

4.最後に、東京オリンピックの検討状況を通じて,感じた事を述べておきたい.

①オリンピックの開催は開催都市とIOCの契約によって、行われる.事になっている.したがって、国内組織は開催都市の配下で、組織委員会、等の実施組織が編成される.決して組織委員会が税金の使い方を決めるわけではないのである.

一方、オリンピックが政治に利用されない為に、民間のイベント事業として、オリンピックを開催する事をIOCの理念にしているが、現実は、巨額の公金が投入される事から、政治介入なしには開催はできない状態になっているのである.

従って、今やオリンピックの開催はIOCと国の契約で行う方が現実的だと思うのである.そうすれば、国内の各地で競技が行えるのである.勿論、財政、設備の負荷分散も可能になるのである.

そもそも、1.5万人の選手村を作り、その周辺で競技をやる事がオリンピック理念に適っている、などと言う理念は間違っていると思う.世界各国の交流の場にする為に、1.5万人の選手村が必要なのだろうか.選手村を分散すると交流の場にならないのだろうか.恋流とは何をさせたいのだろうか,本心は強大な建築物を作りたいだけかもしれないのである.

IOCはスリムなオリンピックを実現する為に、競技場の観客数や設備の規定を緩和し、国情に合った開催が出来るようにすべきである.

③近年、競技別の世界大会が世界各地で開催されている事やオリンピックの巨大化から、オリンピックの役割は終わっている感じがするのである.これからは、競技別世界大会を世界各地で行う事の方が理に適っているように思うのである.

少なくとも、サッカー、ラクビー,テニス,ゴルフ、野球、,等,のプロ選手がオリンピックに参加できる競技はオリンピックには不要だと思うのである.世界レベルのプロの競技大会があるからである.アマチュア(アマチア規定がいるが)だけの競技にすれば別だが.

④頭をかすめる事がある.招致決定で日本は歓喜の声をあげたが,実は、IOCに乗せられていたのではないか、競合したトルコ、イスタンブールの国情を見れば、とてもオリンピックなど開催出来る状況ではなかったからである.

その事を知らずに、日本は招致を決める為に、実現できそうもないオーバーコミットまでしてしまった感じである.IOCは開催できる都市がない中で、まんまと、日本を乗せる事に成功し、しめしめと思ったのではないか、と勘繰るのである.

後の祭りかも知れないが、それならば、日本は、もっと強気に、IOCに接しても良いのではないかと、今でも思うのである.IOCにべったりの組織委員長はどっちを向いて仕事をしているのだろうか.

雑駁だが、そんな事を思わせる東京オリンピック問題である.

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2016.10.29

450 石巻市立大川小学校訴訟判決で思った事

東日本大震災で大津波にのみ込まれ、児童108人のうち84人,教職員は13人のうち10人が行方不明となった石巻市大川小.北上川の河口にほど近い学校で起こった悲劇である.

児童が下校準備をしている時,地震が起きた.全員が校庭に避難した.児童の一部は迎えに来た親と帰宅したが,校庭に残った子どもたちに悲劇に起った.

地震のあと,子ども達は通学用のヘルメットをかぶり、校庭に整列していた.「点呼をしていた.避難しようとしてたんじゃないか」.地震の後,2人の孫を同校まで迎えに行った男性は言う.避難所にも指定されている小学校は、安全な場所のはずだった.そこへ津波が来た.北上川を河口から5キロもさかのぼり,小学校の屋根を越えた.

宮城県も石巻市も昭和三陸大津波レベルなら大川小学校には津波が来ないことを公言し,それ以上の大津波への対応は全く考慮していなかったと言わざるを得ない.

もし大津波が来たらここは危険との意識が住民に無かったのはそのためだったと言える.大地震だったにもかかわらず、5分で完了可能な裏山への避難が選択肢の後方へ押し.げられてしまったのは,大川小学校に集まった人々のほとんどに危機意識が欠けていたからかもしれない.

児童23人の遺族から出された損害賠償について、仙台地検は10月27日、教員らが大規模な津波が襲来することを予見していたにも、わらず、児童が死亡したのは津波回避に過失があったからだとして、約14億2600万円の損害賠償の支払いを命じたのである.

東日本大震災で同じように、大きな津波を予見していたにもかかわらず、津波回避に過失があったからだとして、遺族に侵害賠償の支払いを命じる判決がいくつか出ている.何れも、予見していたかどうかが決め手になっている.スポーツ事故などでも,同じであるような判決がある.

一般に『過失とは』注意義務に違反する状態や不注意をいい、特に民事責任あるいは刑事責任の成立要件としては,違法な結果を認識・予見することができたにもかかわらず,注意を怠って認識・予見しなかった心理状態、あるいは結果の回避が可能だったにもかかわらず,回避するための行為を怠った事を言う.

この予見有無が過失認定の決め手になる事に率直に言って、違和感がある.

大地震発生後、大きな津波が来ることを広報されているし、誰もが大きな津波が来ることを知っていたと思う..だとすると、この判決に従えば、自力で回避できない、児童や病人,老人の惨事に対し、管理者が予見をしていたにもかかわらず、注意義務を怠った、あるいは.回避行為が怠慢だった、として、過失責任が問われることになるのである.

私見によれば、予見認定も、過失認定も、極めて曖昧な事が多く、判決に違和感がある.具体的には次のような事である.

・予見とは何か(津波が来る予見か、危険度の予見か).
・予見認識の内容やその危険度に個人差がある
生命の危機を予見し,パニック状態になった時、結果責任が問えるのか.
・複数の回避場所の一つに回避し、被害が出た時、結果責任が問えるのか.
・指定された安全な場所に行く事が出来なかった時、結果責任が問えるのか.
・回避場所が指定されていなかった時、結果責任が問えるのか.

過失とは法や規則を不用意に守らなかったり、或は機器等の操作を間違ったりして、被害を出してしまった時と、素朴に解釈すると、今回の例では,津波回避方法が定まっていたかどうか、それが周知徹底されていたかどうか、が,過失の有無の決め手になるのであって、定義が曖昧な,個人的な予見の有無が決め手にはならないと思うのである.

また、『予見していたにもかかわらず、対応しなかったから過失だ』と決めつける判決は、積極的に危機情報を得る事や、予見技術が発達する事が、過失責任を負うリスクを大きくすることになり、『知らぬが仏』『知らない事が免罪符』になりかねないのである.

遺族の心境を察するに、救えた子供の命を失ってしまった口惜しさは図り知れないと思う.その原因は過失にあるとする心情も理解できる.だからと言って,過失有無の物差し(考え方、論理)を曖昧にしてはならないと思うのである.

今回の判決によって、さらに多くの訴訟が起こる可能性もある.果たして、行政側はどう対応するのだろうか、控訴によって、論争がさらに続く事も予想されるのである.

自然災害国日本にとって、被害者支援、保障、の手厚い制度は、勿論、理想であるが、限界もある.又、自然災害対応の過失責任を裁判で問うのも、極めて難しい判断になる.

特に、社会が便利に、安全に、なる程、科学技術が発達する程、或は、防災が進む程、過失責任訴訟が多く発生し、損害賠償も大きくなって行くと思うのである.

自然災害が発生した時、一般に、予想を超えた(設計目標を超えた)事象が起こったから過失なし(予見なしと同じ考え方)、と考えられているが、予算の関係で、設計目標を低くしていた場合、過失責任はどうなるのかと言う問題もある.

一方、法に触れない設計だったから当事者には過失なし、と言う考え方も出来るのである(この場合法の問題になるが).

そんなわけで、『自然災害と過失責任』『防災と過失責任』について,改めて考えさせられたのである.今後とも注目していきたいテーマである.

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2016.10.02

448 大会組織委員会の役割見直しと新五輪体制

都政改革本部のオリンピック調査チームが929調査結果を発表した.その中で東京五輪体制に社長も財務部長もいないこれでは全体の予算がどうなるのか予算管理を誰がやっているのかも分らないと問題を提起し東京都もしくは、国がこの問題に対応すべきだと提言した.

まさに誰もが抱く問題である.今の流行言葉で言えば、『誰が、何時、予算を決めているのか』,『議会は何をやっているのか』と言いたくなるのである.

まさに、一番大事な『お金の裏付け』がないまま,政治家も、行政も,大会組織委員会も,,国内外の競技団体も、アスリートも,IOCも、JOCも、皆,勝手な事を言っているように感じるのである.これではとてもオリンピックが成功するとは思えないのである.

東京五輪体制やお金の問題は,オリンピック競技大会組織委員会会長に森氏が就任した時から、懸念をしていた.その懸念は早速国立競技場問題やエンブレム問題で露呈してしまったのである.この時、五輪組織の問題を当ブログで発信していた.

本来なら,五輪誘致決定に伴い即時に,全体を統括するヘッドクオーターを設定し、その配下に、役割に応じた実行組織を編成すべきであった.そして、ヘッドクワーターは実行組織と協議して、全体構想の立案、予算の策定、費用の分担、を考えるべきだったと思うのである.

 
しかし残念ながら、日本のお家芸で、All japanで一致団結して、オリンピックの成功に向けて頑張りましょう、と掛け声を掛け合うだけで、本質的なお金の問題や各組織の役割分担も、曖昧なまま五輪体制が組まれたのである.

組織論で言えば、これを『運命共同体組織』と言う,役割,権限,責任,が曖昧な組織をこう呼ぶのである..この組織で使われる言葉は,連携、調整、根回し,である.企業組織にもよく見受けられる組織である.この組織は垣根を超えて、皆が助け合う事が出来そうな組織だが,現実は皆が助け合う事はあまりない.この組織の最大の問題は、役割に抜けが出来たり、問題の未然防止や問題発生時の対応が遅れる事である.

この弊害をなくす組織が『機能別組織』である.役割,権限,責任,を明確にした組織である.特に巨大な組織にはこの機能別組織は必須である.この組織は組織間の壁の問題が発生しやすいのだが,それらを解決する為に、フラットな組織ではなく,3階層程度のツリー構造の組織にするのである.


残念乍ら現在の五輪体制はしっかりしたツリー構造が出来ていない.国、IOC、大会組織委員会、東京都、の役割.権限、責任が曖昧なのである.オリンピック担当大臣、文部省、大会組織委員会、の役割、権限,責任を調べたけれども、さっぱりわからないのである.

どうやら日本は『曖昧の合理性』文化の影響で『運命共同体組織』を好み、しっかりした機能別組織を作る事が苦手なのである.仕事でも、仕事の前に膨大な契約書を交わす事は苦手なのと同じである.だから、問題が起こると、大騒動になるのである.


そんな状況下で、今回、小池知事配下のオリンピック調査チームが総額3兆円超になりそうなオリンピック費用問題に誰が統制と管理をしているのか、誰が金を払うのかと現状の無責任な組織運営に鋭く切り込んだのである.

東京都としては、このまま青天井の請求書が回ってくるなら、都民にも説明がつかないし、都民に負担もかけられないのである.こんな状態を打開する為、主催都市東京が全体の予算の統制、管理をやるしかない、と主張したのである.

どうやら私の理解するところ、IOC配下の『オリンピック競技大会組織委員会』の位置づけに問題がありそうである.この組織の考え方、変遷を整理してみた.

そもそも、IOCは開催国の大会組織委員会をIOCの配下におき財源も含めて独立して存在させオリンピックの準備から運営までを,すべて行う組織として考えていたのである.オリンピックを政治から切り離す、開催費用を抑える、と言う考えかあったと理解している.

これを見事にやってのけたのが、ロサンゼルス・オリンピックである.大会組織委員会の収入ですべての費用を賄ったのである.このロサンゼルスオリンピックは『オリンピックは民間が行うイベント』(商業オリンピックイ)だと言う事を実証したのである..

しかし、どの国も、オリンピックの肥大化や開催国の国威発揮の場になって、現実は大会組織委員会収入ですべてを賄うことは殆ど出来なくなったのである.実際、どの開催都市も国の予算が投入されているのである.東京五輪で言えば、大会組織委員会収入(放映料入場料)は5000億程度である.とても、3兆円どころか、運営費も賄えないのである.

この時点で、もう、大会組織委員会はIOCの言うオリンピックの全体を仕切る独立した組織ではなく、開催都市の計画をIOC及び世界競技団体に伝え了解を得る機能しかないのである.


従って、東京都としては、大会組織委員会が企画した費用の負担に反発したくなるし、どうせ費用を東京都が負えと言うなら、予算の決定権や管理統制を東京都に移せと言うのは当然の主張になるのである.東京都は都民に費用負担の説明をする必要があるからである.

この考えから、東京都は大会組織委員会(東京都の出資する外郭団体)を監理団体として位置づけたいと提案しているのである.(現在は報告団体)

一方、これまでの大会組織員会森会長の発言を聞くと.

『大会組織委員会はIOCの規定で作られたオリンピック企画・実施組織だ』
『大会組織委員会は行政が用意した設備を使って、オリンピックを運営する組織だ』
『大会組織委員会は東京都の下部組織ではない』(東京都の監理団体ではない)
『競技場を今更変えられない』(東京都の競技場再検討に対して)


役割認識がその都度違うのだが、どうやら、森会長自身が、大会組織委員会の役割を認識しているのか,不安になるのである.

日本文化が持つ『曖昧の合理性』(ハッキリ決めるより、曖昧にしていた方がうまく行くとの考え方)が暗黙の内に働いて、しっかりした『機能別組織体制』を作らず、曖昧な『運命共同体組織』を森氏に丸投げしたのかもし知れない.だとすると、森会長が大会組織委員会の役割をしっかり認識していない事は当然と言う事になる.


この責任体制の問題に対し政府は

『オリンピックはIOCと東京都が行う大会だ』
『東京都と大会組織委員会で責任体制をハッキリすべきだ』
『責任体制が曖昧なまま、国が費用を負担する事はない』


等と,国はオリンピックから距離を置いたような発言をしているが、新設されたオリンピック担当大臣、文科省はじめ各省庁の役割は曖昧である.

どうやら,下記の事が整合されないまま、曖昧な五輪体制が組織されている所に根本問題があると思うのである.

・政治を排除し、IOCと大会組織委員会でオリンピックを開催すると言う理念.
・税金(政治介入)で費用を賄わなければオリンピックは開催できないという現実.


そこで、先ず、オリンピックを成功させる為、大会組織委員会を機能分化し、次のような機能別組織体制に再編する事を提案したい.

・五輪統括部門の設置(企画,予算、運営、の統括と管理、IOC連携)
・設備準備部門の設置(競技場、仮設の計画と予算化,建設)
・運営事業部門の設置(事業収入、運営サービスの独立採算法人化)

・セキュリティ部門の設置  (国の対応)

統括部門は設備及び運営、各部門との協議で全体計画を取りまとめ,予算の統制と管理を行う..同時に、国内外への広報、IOCとの連携を担う.この組織は行政組織とし、東京都に置くか、国に置くかの検討が必要である.

設備準備部門は国内外の競技団体と協議し,予算の検証によって、競技場、仮設設備を決定する.予算の負担については、統括部門交えて協議する.この部門は東京都、東京外競技場の自治体、国、で編成する.

運営事業部門は東京都の独立採算の法人とする.赤字予想の時は改善策、行政負担含めて統括部門で協議する.


又、今後のオリンピックの事も考えて、IOCは次の対応が必要だと思う.


・IOCは各国のオリンピック競技大会組織委員会の役割の変更.


政治と切り離す為に、IOCの出先機関として、大会組織委員会が全てを仕切る形を取っているが、実態は税金で費用を賄う必要があり、政治抜きでオリンピックは開催できないのである.従って、大会組織委員会の役割はIOCとの窓口機能に変更すべきだと思う.

・IOCや世界競技団体は競技場や選手村に条件を付けない(場所、観客数、等)


IOCはオリンピックの企画をし、開催都市に実行してもらう、と言う立場で、いろいろ細かな事に介入してくるのだが、それが、費用の増大を招いているように感じる.費用を落とし、世界の都市でオリンピックが開催できるように、開催都市の状況に合わせた企画にすべきだと思うのである.是非、この検討をすべきだと思うのである.

・オリンピックと競技別世界大会のすみ分け

オリンピックの規模縮小から、既に存在しているプロを中心とした世界大会(ゴルフ、サッカー、野球、等)はオリンピックから外しても良いと思う.オリンピックでやっても同じ顔ぶれになるからである.

又、莫大な税金を使うオリンピックうの将来を考えると、規模縮小の先に、アマも含めた競技別世界大会にシフトしていくのではないかと思う.オリンピックの社会的役割も終焉していくような気もするのである.

以上、五輪体制の問題は、まさに、オリンピックが過渡期にある事を露呈していると思うのである.

 

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2016.09.22

447 豊洲市場問題の釈明予想と意思決定への提言

前ブログで記載した豊洲市場開発の経緯(築地の再整備に400億かけて推進していた後の経緯)を、ここにも掲載しておきたい.

1998年07月 豊洲移転案浮上(築地跡地売却益、湾岸開発の為)
1999年04月 石原都知事(一期目)就任
2001年01月 東京ガス調査結果(ベンゼンが環境基準の1500倍)
2001年04月 都の審議会が豊洲移転を答申、築地再整備断念
2001年07月 都と東京ガスが基本合意

2001年12月 都が豊洲の東京ガス工場跡地への移転を決定
2003年02月 土壌汚染対策法成立
2004年07月 豊洲基本計画策定(市場協議会)

2005年03月 農林水産省が新市場の整備、築地市場の廃止を決定
2006年03月 ゆりかもめ(株) 市場前駅と命名
2007年03月 東京ガスが豊洲の土壌汚染対策完了

2007年04月 石原知事(三期目)就任
2007年04月 石原知事 豊洲移転を正式に決定

2007年05月 都が専門家会議設置(土対法による汚染状況再調査)
2007年10月 都が再調査結果発表ベンゼン基準値の1000倍)
2008年05月 都が詳細調査結果発表(ベンゼンで4万3000倍、シアンが860倍)
2008年07月 都が絞り込み調査結果発表(シアン930倍)
2008年07月 専門家会議が最報告書提出(敷地全域に盛土案)

2008年08月 都が工事に関する技術会議設置
2009年02月 技術会議が報告遺書提出(敷地全域に盛土案)

2010年04月 土壌汚染対策法の大幅改定
2011年03月 11日、市場設計予算都議会で可決(1票差)
2011年03月 11日、都議会終了後、東日本大震災発生(豊洲地区,液状化)

2011年03月 土地の売買契約(559億、東京ガスは78億汚染対策費負担)
2011年03月 豊洲市場の仕様書作成(ビルの下に空間がある事を明記)
2011年06月 豊洲市場の設計図作成(盛土なし、地下空間を明記)

2011年08月 土壌汚染対策工事に着手(586億から849億に増加)

2012年12月 猪瀬都知事就任
2013年09月 東京オリンピック誘致決定

2014年02月 舛添都知事就任
2014年02月 豊洲市場の建設に着手(1360億から3167億円に増加)
2014年11月 都は土壌汚染工事完了を技術委員会に報告
2015年07月 移転日確定(2016年11月7日)
2016年05月 豊洲市場の主要設備・建物が完成

2016年08月 小池都知事就任
2016年08月 移転延期を決断、都政改革本部、豊洲市場問題プロジェウトチーム発足
2016年09月 
建物の地下が盛土がなく、空洞であった事を小池都知事が発表
2016年09月 都政改革本部、豊洲市場問題プロジェクトチームに全面総点検を指示

先が見えない豊洲市場問題が連日,大騒ぎになっている.これまでの多くの指摘が正しいのか不明だが,問題の根幹にある意思決定の仕方、組織のあり方、について提言したい.

そこで先ず,都庁の意思決定の仕方、組織の実態、を見る為に、大問題になっている下記問題に対する都庁の釈明を聞きたいのだが、いまだ、公表されていないので、こんな風に、正直に言うのではないかと、想像して書いてみた.

勿論、釈明内容は違うかもしれないが、意思決定の仕方、組織のあり方、の問題点は共通すると思う.

①何故,東京ガス工場跡地を選んだのか、の釈明.

既に、豊洲地区を選んだ理由を明らかにしている.その理由は

・長年、築地市場の老朽化問題が議論されてきた中で、築地移転が決まり、いくつかの移転先が候補に挙がった.そこで、次の項目で評価し、豊洲に決定した..

㋑築地に近い事  ㋺敷地が40ヘクタール取れる  ㋩交通アクセスが良い事、

大問題の汚染問題は日本の技術で解決できるとして、比較項目から外した.決して,豊洲ありきの選定ではなかった.

本当は公に言えないが、次の理由だったかもしれない(全くの想像だが).

・築地市場の移転は土地の売却で資金を得る事が目的だった..
・売却資金で湾岸開発の赤字(5000億)や東京銀行の赤字を消す予定だった.
・東京ガスとの売買に,何らかの裏取引があった..
・食品卸売市場の風評や豊洲ブランドを作る事に、何の興味も持っていなかった.

②何故、ビルの下に盛土ナシの地下空間を作る事にしたのか、の釈明.

善意に想像すると、こんな理由を挙げるかもしれない.(建築部門の釈明)

・ビルの基礎工事の為に盛土をしなかった.
・ビルの下の空間は配管類のメンテ、汚染発生時の対応の為に必要だった.
・高架道路の下にビル間の通路を作る為、地下空間にした(高床式不可).
・13ヘクタールの面積が盛土不要になり、コスト削減、工期短縮になると考えた..
・この設計は建物の設計であって、汚染対策の設計は土木部門の仕事と考えた.

この釈明は説得力あるが、出来上がった地下空間が耐震上、汚染対策上,問題はないのか、の検証はされていない.

③何故、地下空間案を、土木部門、専門家会議と協議しなかったのか、の釈明

・上記の理由で、建設部門は、地下空間を作る事は当然と考えて、相談をしなかった.設計は日建設計と詰めて決めた.

・しかし、土木部門、専門家会議、技術委員会に報告と相談をしなかった事は大いに反省している.

④この大変更を、何故、公表しなかったのか、の釈明.

(正直に言うなら、こんな感じの釈明になるかもしれない.)

・全敷地盛土と言う事で安全性は確保できると公言していたので、盛土なしの地下空洞に変更した事を公表すると,豊洲市場の汚対策が不完全だと思われ汚染問題がぶり返される恐れがあった.

・ぶり返されると築地市場跡地の売却豊洲市場移転環状2号線の貫通築地地区の再開発豊洲地区の再開発等が大幅に遅れる事で大きな影響が予想された.追い打ちをかけるように東京オリンピックが決まった事で,一層公表するタイミング失い速やかに移転する事に専念した.

・もし,豊洲市場開場後建屋の下に空洞がある事が発覚した時、『万が一建てやの下に汚染が出た時それを除去する為に空洞にしてあると説明すれば理解が得られると考え公表しなくても、問題はないと考えた.

・しかし安全の為に全面盛土を公表し納得を得ていたにもかかわらず今日まで全盛土がない事を公表しなかった事は行政として大問題であったと反省している.又、不信感を持てれた事に深くお詫びしたい.

あるいは)

・建設部門としては,地下空間を作る事は常識であり、変更したという意識はない.従って変更を公表するのは全敷地に盛土をするとした土木部門が行うべきだった、と釈明するかもしれない.

水質検査が未完了のまま、何故、2016年11月7日を移転日にしたのか、の釈明

・2016年5月に豊洲市場が完成するので、移転日を11月7日に決定した.又,水質検査は土壌汚染対策法の規定でやっているのではなく、独自にやっている検査であり、完了前に移転する事は違法ではない.過去7回の検査で問題が無かった事で、日程の都合を優先して決めた.

本当は公に言えないが、次の理由だったかもしれない.

・東京オリンピック関連工事(環状2号線工事、等)や築地移転後の開発工事の予定から、11月に移転する必要があり、何とか、これに答えようと考え、11月移転を決めた.

⑥空洞を設けた設備、建屋の最終チェックをしたのか、の釈明

(13ヘクタールに盛土がない事による水質検査、空洞(地下ピット)内の水質検査、空洞付建屋の耐震性、地下ピットの運用性、環境アセスメント、土壌汚染対策法対応、等をしたのか、この問いに、すでに、いくつかの問題が指摘され、全面再チェックが予定されている事から)

・最終チェックをせずに、完成を表明し、強引に移転しようとした.

と正直に釈明するしかない.

以上、都庁の精いっぱい誠意を持った釈明を想像で書いたが、いくら誠意をもって釈明しても、突っ込み所や違法性は満載である.

従って、『しょうがない』では済まされないのである.それを感じ取って,都庁関連部門は『物言えば唇寒し』で、だんまりを決め込んでいるのかも知れない.

しかし、小池都知事の言うように、都庁の信頼を回復意する為にも、都庁の自律改革を進める為にも、当事者が事実を公表する事は避けられないと思う.都庁は速やかに事実を公表すべきである.

このように豊洲市場問題は『意思決定の仕方の問題』、『組織のあり方の問題』によるところが大きいと思われる.役所や政治家の共通の問題として、いくつかの提言をしておきたい

1.やるか、やらないか、どの案を選ぶか、の決断をする時、自問すべき事

・意思決定者の立場、性格で決断が行われる場合

戦争突入の賛否を決断する例で言えば、田舎のお年寄りは、こんなに貧しいのに、戦争に勝てるわけがないから反対と言う、一方、軍部はいろんな条件を付けて、勝てると言う.

組織論理の危うさは、冷静に見て勝てないと言う意見を出しずらかったり、一部でも勝つ見込みがあれば、勝てると言ったり、軍部の立場から負けるとは言えないとか、組織論理に危うさがある.こんな時、田舎のお年寄りの方が善手,もしくは最善手を言っている事が多いのである.

東京ガス工場跡地に高度の汚染がある事が分った時、石原都知事は『日本技術なら解決できる』として、専門家会議に対策を依頼したのである.多分、石原都知事が豊洲を決断した後だっただけに、プライド的にも、性格的にも、白紙に戻す、等と言う選択肢は頭に浮かばなかったように思う.そうであれば、上記の軍隊と同じである.私は、石原知事の責任は極めて重いと思う.

・関連する他の事案の思惑で決断される場合

政治でも、企業でも、事案の賛否の決断で、その事案の内容より、これと関係した他の事案への思惑に目が行って決める時がある.この時、.だいたい,失敗する.この事案の検討が浅くなるからである.決断する時、自問すべきである.

豊洲移転の決定は築地市場跡地の売却による資金稼ぎ、湾岸地区(埋め立て地区)の開発に目がくらんで.卸売市場のことなど二の次であったのかも知れない.当時の築地再整備を断念した資料から見える事である.

素人の感覚で言えば、卸売市場の場所として、ガレキの埋立地で、しかも、汚染まみれの東京ガス工場跡地を絶対に選ばないと思う.素人には、都庁や都議と違って、築地市場の跡地の売却による資金調達や豊洲エリアの再開発等、余計な思惑がないからである.

・比較項目を設けて選択される場合

いくつかの案から選ぶ為に、比較項目を挙げて選定する場合がある.その時.比較項目に抜けはないか、最も重要な比較項目は何か、比較項目の重要度を設定しているか、の確認が必要である.

これによって、恣意的な、或は、俗人的な決断が防げるのである.もし、比較項目そのものが当を得ていれば、豊洲は選択されなかったかも知れないのである.これも、自問すべき事である.往々にして、比較項目が適正ではない時、裏に、恣意的な思惑がある.

築地市場の移転先候補地の比較項目で言えば、何故か、一番重要な安全性の項目が抜けているのである.意図的に、豊洲に決めたい意図があったと疑われても、仕方がないのである.そんな事が、比較項目を見るだけで想像できるのである.

このように、意思決定の 仕方の中に、悪手でも、最悪手でも、選んでしまう、『組織論理の危うさ』がある.特に行政は、税金を使うだけに、この事を自問して意思決定をすべきだと思うのである.

特に行政は倒産も失業もないだけに、『組織論理の危うさ』が生まれやすいのである.詳細は知らなくても、利害のいない個人の意見の方が、善手か最善手を選ぶのではないかと、大きな決断をする時は、常に,『組織論理の危うさ』を自問して欲しいのである.

2.事業や設計の内容に、大幅変更が生じた時、自問すべき事

こんな時は役所としては大変である.すべての手続きのやり直しが発生したり、市民含めて、多くの人の了解が必要になったり、責任問題や損害賠償問題にも発展しかねないからである.

民間企業なら、そんな事はよくあるわけで、頻繁に変更手続きが行われるのである.逆にその事が、事業推進のチェックにもなるのである.

そんなわけで、役所は、出来るだけ大げさにしないで、裁量の範囲として、変更してしまう心理が働くと思う.それは、役人にとって、大変危険な心理である.手続きとは、危険を回避する為にあることを理解すべきである.勿論、どんなに手続きが大変でも、これを避けてはならないのである.

当然、豊洲市場の大規模な設計変更を、独断で、担当部局だけでやる事は許されないのである.上記の釈明の様に、たとえ、言い分が正しいとしても、この変更を公表してこなかった罪は極めて大きいのである.

3.完了間際で問題が発生し、続行か、撤退かを決断する時、自問すべき事

そもそも、早期に、問題が発生すれば、このような決断は難しくないのだが、膨大な費用が費やされていた時は、苦しい決断になる.

役所の習性からすれば、よほどの事がない限り、撤退はない、突っ込んでも、金は自分の金ではないし、無用な物を作っても、誰も責任問題にはならないからである.こんな事例は枚挙に暇がないいくらである.

もし、撤退を決断するとなると、損切りになり、しかも、損害賠償も、住民訴訟も、覚悟しなければならないのである.従って,撤退の決断はほとんど行われないのである.

小池都知事は見切り発車できないと延期を決断した稀有な政治家だと思う.小池都知事は専門家に再総点検を依頼し、対策を出してもらって、その上で、最後の決断をする段取りを取ったのである.この小池流は過去の行政にはなかったやり方である.

企業なら、損金処理を考えた上で、延期も撤退もあり得る.将来への悪影響をなくしたいからである.続行の決断は、将来、利があると考えられる時である.勿論,資金計画の裏付けを取っての話である.企業の決断は企業経営とにらめっこして、行われるのである.

4.組織の役割・責任を自覚させる為にやるべき事

どうも、今回の豊洲問題で、都庁のガバナンスが出来ていない事が露呈した.知事も、副知事も、卸売市場長も、めくらばんを押し、予算が付き、実行される実態が明らかになったのである.まさに、組織は無責任の塊になっているのである.

企業でも行政でも,組織はミッションを実行する機能体であり、組織内のハイアラキーは、間違いを防止する為、問題の大きさに応じて、責任をとる為にある.

良くある『皆で協力』とか、『一致団結』とかは日本のお家芸だが、ともすると、役割分担や責任の所在を曖昧になる.もしそうだとすると、これは機能体組織(役割、権限、責任の体制)ではなく、運命共同体の組織(機能が曖昧な組織)と言わざるを得ないのである.

豊洲市場開発でも、オリンピック推進体制でも、組織は運命共同体組織に見えて、決して、機能体組織には見えないのである.予算、役割分担、責任所在、計画変更対応、進捗管理、等々、はっきりしていないからである.

又、役所の組織人事は、どうやら、幹部役人は仕事に精通せず、昼行燈のまま、短期で移動を繰りかえしながら地位が上がる仕組みになっている.責任が来ないようにする為の知恵でもある.その結果、人事異動もなく、仕事に精通した、ノンキャリアが幹部を無視して、実質の決断をする事になるのである.豊洲市場問題も、これと関係していると思う.

機能体でもない組織に加えて、責任回避の異動が頻繁に行われる様では、とても、大きな事業を任せられないのである.

都政の組織を責任を持った機能体に変えるなら、大きな事業に、プロジェクト制度を導入する事である.プロジェクは、知事と直結した位置に置き、ラインとは切り離す形をとる.事業が完成するまで、プロジェクトに全責任を負わせ、事業に当たらせるのである.

以上の様に意思決定の仕方、組織のあり方、を変える事が、都政改革の中心的テーマでであり、今後の試金石になると思うのである

一方、都庁の失態の代償である、6,000億かけて作った豊洲市場をどうするのか、と言う、現実の問題が、目の前に立ちはだかっているのである.

もし、出来上がった物が問題なく、早期に豊洲移転が出来る状態なら、ケガは最小になり、『大山鳴動すれど鼠一匹』と言う事になる.一方、多くの問題が出てくれば,『大山鳴動して鼠百匹』と言う事になる.

豊洲市場問題が鼠一匹』か『鼠100匹』かを恣意的に画策する人はいると思うが、専門家会議、豊洲市場問題PT、或は市場関係者、都民による下記の総点検と評価を待ちたいと思う.そこで、今後の対応を列記してみた

・出来上がった新市場の評価と対策&見通し

①土壌汚染の再測定
②地盤沈下,液状化,の再評価
③耐震性の再評価と建築確認
④環境アセス、農水省認可
⑤地下空間の評価と改善
⑥建屋の運用性評価

⑦豊洲卸売市場経営計画
⑧卸売り市場関係者の評価
⑨移転か中止の方針決定
⑩追加開発実施計画の策定
⑪移転実施計画の策定
⑫豊洲卸売市場経営計画


・延期期間に応じた対策&見通し.

①移転予定の卸売業者への保障問題、
➁豊洲市場の維持費問題、
③豊洲地区再開発問題
④築地地区環状2号線問題
⑤築地市場の維持改善問題
⑥築地地区再開発問題

・豊洲市場開発の経緯と問題対応

①築地から豊洲に決定した経緯
➁費用増大の経緯
③入札の経緯(落札率問題)
④盛土の虚偽経緯と責任
⑤11月7日移転を決めた経緯
⑥建設済み豊洲市場の欠陥を生んだ経緯
⑦豊洲市場総括(経緯と問題)

こうなると、築地市場の豊洲への移転時期は年単位に遅れる事が予想される.もし,3年もかかるとすれば、豊洲市場は白紙に戻して、代替案を考えるべきだ、或は、もう豊洲市場にケチが付いて、風評は消せない、従って、白紙に戻して、代替案を考えるべきだ,と言う声も上がるかもしれないのである.

いずれにしても、都庁の無責任さで、莫大な代償を払う事になりそうである.これまでも、全国で同じような代償を国民は背負ってきたのだが、意思決定の仕方、組織のあり方、を間違うと、戦争にもなる事を、政治家や役人は常に自覚せねばならないと思うのである.

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