経済

2016.04.26

430 チェコ 経済学者の『成長至上主義と決別を』への反論

4月25日、日本経済新聞のグローバルオピニオン欄に『成長至上主義と決別を』と言う論文が掲載された.

著者はチェコ経済学者、トーマス・セドラチェク氏(39歳)である.チェコ共和国の初代大統領の経済アドバイザーを24歳の時、務めたと言う.著書『善と悪の経済学』は15か国に翻訳されていると言うのだから著名人の様である.

セドラチェク氏の論旨の要約.

・昨今の主流の経済学者は不況退治や経済成長の薬として金融・財政政策を主張してきた.しかし,それは一時的な特効薬でしかなく、ブレーキをかける手段がない政策は止めるべきだ.

・日本経済は過去30年間に渡って,成長志向で,この薬を飲んできた.又、消費税率も低く抑えて来た.その結果が,GDPの200%を超える政府債務である.日本は、この薬の投与と、低い消費税率はやめるべきである.それによって、経済も財政も安定化に向かう.

・現在の日本は最も豊かに見える国である.更に経済成長しなければならない理由は見当たらない.もう、貰えるものはないと考えるべきだ.これからは、社会の富を分け合えば良い.日本の少子高齢化に悲観的になる必要はない.

・今後、政治のパフォーマンスを経済成長で評価するのではなく、財政を安定させたかどうかで評価すべきだ.成長に魅入られた昨今の主流経済学者には、この発想は出てこない.

私の感想 

セドラチェク氏は、誰に対して『成長至上主義と決別を』と言っているのか定かではないので、議論を分けて感想を述べてみたい..

①政府、国民に対し『成長至上主義と決別を』と言っているとすると、

もっと、ゆっくりした社会にせよ,と言っている様に聞こえる.あくせく働かず,成熟したヨーロッパの様にスローライフを楽しむ国になれ、と言っている様である.

成長には限界があるのだから,すでに上限の豊かな国になっている日本は今後は,経済成長から距離を置いて,『与えられたパイを分け合って生きればよい』その結果、『少子高齢化も悲観する必要がない』『日本人の好む安定と平等にも合致する』との主張である.

しかし、残念ながら日本は、セドラチェク氏が言うような優雅な国ではない.日本は厳しい自然や地形の中で、災害も多く、天然資源は少なく、狭い土地に人口が密集し,災害復興や防災、社会資本整備等に膨大な費用がかかる,高コストな国なのである.ヨーロッパとは大きく立地環境が違うのである.

日本はこれらと対峙しつつ,戦後の復興、貧困からの脱出に向けて,官民挙げて、これに取り組んできたのである.その結果、経済大国になったのだが,反面、日本的社会主義経済だと揶揄されるくらい,大きな国家予算と大きな借金で『大きな政府』になっているのである.

そんな日本は巨額な債務の健全化の為にも,山積みの課題解決の為にも,今後も、科学技術や経済の発展でパイを大きくして行かなければならないのである.これが出来なければ、たちどころに,財政が破たんし,貧しい社会主義国に陥ってしまうのである.

そして日本の政府も国民も、世界の経済成長と共に,成長に向けて努力して行かねばならないのが現実なのである.当然、政府の成長戦略が借金だけ増やすような政策であってはならないし、民間も、技術・製品開発、市場開拓に必死で取り組む必要がある.

『成長至上主義と決別を』は一見、やさしい、厳しさから解放されるような提言に聞こえるが,日本にとっては『衰退しろ』と言われているに等しいのである.成長志向や成長目標は日本の言動力であり、これと決別する事は出来ないのである.

②政府に対し『成長至上主義と決別を』と言っているとすると、

セドラチェック氏が成長至上主義は民間に任せ、政府は効果のない,借金だけ増やすような成成長政策(金融財政政策)を止めるべきだ、と言っている様に聞こえる.

成長の為の金融・財政政策は効果があっても,一時的であり、しかも、その政策にはブレーキを掛ける手段がない.そんな危うい金融・財政政策はやめるべきだ、と言うのである.

具体的には、日銀が通貨量を増やして、国債を買い取る前提で、政府が成長の為に、国債を発行して、民間から資金を集め、その資金をばら撒くような金融政策、財政政策はダメだと言っているのだと思う.簡単に言えば,通貨を印刷して,ばら撒くような政策は危険だと言うのである.そんな事なら当然、ダメである.

金融政策は主に物価の安定化、雇用の安定化の為であり、通貨量の供給・引締めで、過度なデフレやインフレの抑制を図ろうとする政策である.勿論、そうする事が経済の活性化、成長と関連するのである.

財政政策は国の財政支出、財源確保(増税、借金、資産売却)、債権債務管理の政策である.財政支出は災害復興、防災、社会資本整備、安全保障、社会保障、技術開発、産業医振興、等々、救済的支出、経費的支出、投資的支出、があるが、どれをとっても、経済の活性化、成長と関連するのである.

したがって、金融政策も財政政策も、成長の為の支出だけ切り出して止める事は実務的に困難であり,政策的にも、①にある様に、巨額の債務の健全化,山積みの課題解決の為に,政府は成長至上主義と決別は出来ないのである.又、政府が成長の目標を掲げる事は公金を使う立場としても、税収見通しを計画する為にも,必要なのである.

③成長の為の借金は止めて、かつ,消費税率を上げるべきだ.

政府の債務はGDPの2倍にあたる約1000兆円程度だが、政府単独のB/Sで言うと(資産を引くと),約500兆円程度(GDPと同等)であり,政府と日銀の連結B・Sで言うと純債務は200兆程度である.しかも債権者は国民と言う事で、国債の金利も上がらず,信用もある、と言うのが通説である.

だからと言って,債務を増やしても良いわけではない.常に,借金が出来る余地を持っている事は財政の安全性から必要であり、国力のバロメーターである.したがって,プライマリーバランスを維持,もしくは黒字化にする為に,『成長と増税』を両立させる事が政治には不可欠なのである.

セドラチェック氏は成長の為の金融緩和政策と財政支出による借金を止めて,消費増税を行えば経済も財政も安定するとの事だが、②の様に,デフレ脱却に取り組まず、緊縮財政と消費税増税を行えば,経済と財政が安定するどころか、経済は衰退し,総税収は減少し,財政は危機に陥るのである.

以上、①②③ともに,セドラチェク氏の、『成長至上主義と決別を』『消費税増税を』は日本国民にとっても、政府にとっても、絵空事だと言うのが,私の感想である.

最後に、セドラチェク氏の主張に対する日経編集委員の論評に触れておきたい.

日経編集委員は『経済成長を目標にするな』、『国の財政を安定させ、金利を適正水準に引き上げよ』、とのセドラチェク氏の主張に賛同しながら、経済成長を前提に組み立てられた現代社会は極めて特異な世界だと自覚する人も増えていると言うのである.

本当だろうか、いい加減な事を言うなと言う感想である.本当に成長を前提にしない政策で日本は成り立つのかその理由を聞いてみたいと思う.せめて、成長至上主義を認めた上で.成長を大義としたルーズな金融政策、財政政策はダメだと言うべきではないのか.

それとも、記事を載せた立場から、有益な話だと言わざるを得ないので、こんなヨイショの論評を書いたのだろうか.いずれにせよ、軽薄な、無責任な論評だと思う.日経らしからぬ論評だと思う.

.

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016.04.21

428 小野阪大特任教授のアベノミックス批判を拝見して

4月19日の日経新聞・経済教室に掲載された小野阪大特任教授の経済対策を読んだ.感想を述べてみたい.

小野教授の経済対策の概要は次の通りである.

①経済の現状認識

安倍政権の経済政策(アベノミックス)では大胆な金融緩和、財政出動、成長戦略を掲げ、2%の経済成長と、2%のインフレを約束したが、経済成長もインフレも起きていない.

・実質国内総生産(GDP)の伸び率は2014年0%、2015年0.5%、である.
・実質家計消費支出の伸び率は2014年マイナス1.2%、2015年マイナス1.8%、である。
・消費者物価指数の伸び率は消費税3%増税を除けば動きなし
・株価はバブル状態で乱高下

②経済が好転していない原因

金融緩和の効果(デフレ脱却)を主張するリフレ派は中国経済や世界経済が後退している事を原因としているが,マネタリーベース(資金供給量)を増やしても、90年代初頭以降、消費も、物価も,GDPも、増えていない事実が示しているように、金融緩和、財政出動をしても、政府の借金が増えるだけで、もともと効果は出ない政策だったのである.

又、日本の家計金融資産は3年で約1500兆円から1700兆円に拡大しているが(一人当たりでみると世界の5指に入る)、家計支出は過去20年間横ばいなのである.この事実から見ても、金融資産が増えても、消費は上昇しない事が分っているのである.

このように、景気後退を理由に効果のない一時的なばら撒き政策で財政状況を悪化させれば、ただでさえ異常なペースで膨らんだ通貨と国債の信用をさらに損なう.又、消費増税(2%・5兆円負担増)は消費に影響を与えるはずもないと考えるのだが,景気後退を理由に延期を続けるなら、今後もそれが繰り返されるとの予想を生む.この予想形成こそが最も危険で,金融危機を引き起こしかねないのである.

③取るべき経済政策1(社会保障分野での恒常的な雇用創出

お金を配っても景気への効果がないとすれば、恒常的雇用創出で、失業率低下の防止,賃金低下の防止,生活に安定感野確保,デフレ圧力の軽減、消費の上昇、を実現するしかないと考える.

この波及効果は小さくても、働く場を提供し、役に立つ物やサービの供給を増やす事が大事だからである. 

民間に補助金等を通じて雇用を拡大を促す方法は、需要を増やさずに雇用だけ増やしても仕事の取り合いになる.GDPが増えない中で、雇用を増やしても一人当たりの生産性低下に過ぎず,国民は豊かにならない.労働条件の悪い非正規雇用を増やすばかりで、家計の所得も増えず,将来不安から逃れられないのである.民間の雇用拡大は最終需要を増やさない限り、効果はないのである. 

これまで、成長戦略と称して各種補助金や研究開発援助を行ってきたが、目新しい需要が生まれず、GDPは横ばいである.そもそも、そんな成長分野があるなら、政府に言われなくても、企業は参入しているのである. 

従って,政府がやる恒常的雇用の創出は民間分野ではなく、常に需要のある社会保障分野(医療、介護、育児、教育、年金、等)や再生可能エネルギー分野で考えるべきである.

④とるべき政策2(年金改革)

又、少子高齢化で問題になっている年金は生活困窮者層にはお金で支給し、それ以外の層には介護、医療、観光、文化、健康、等の分野の現物支給(バウチャー制)とする.

その現物支給に係わる物やサービスの提供は現役世代の雇用創出につなげる.家計金融資産の約半分は65才以上が持っている事からすれば,必ずしも、お金の支給はなくても良いと考えられるのである.

⑤財源はすべて増税で

社会保障分野の恒常的雇用創出やバウチャー制度の財源には恒常的な財源が必要である.その財源はすべて増税で賄うべきである.その財源を金融緩和や国債発行に頼るのは百害あって一利なしである.消費税2%増税で100万人の雇用創出が可能である.金融資産が増えても景気(消費)に影響がないのだから、増税しても景気(消費)にマイナスの影響は出ないと考えられるのである. 

以上,お金が増えても、消費に結び付かない程,豊かになった今、一時的にお金を配ると言う旧来のの景気対策から脱却し、恒常的な雇用を補償する新たな経済体制を構築するような発想の転換が必要だと考えるのである.

以上が小野教授の論旨だが、感想を述べたい.

小野教授の論旨への全体の感想 

アベノミックスはマクロ経済学の理論にもとずいているのだが、.小野教授はアベノミックスの効果が出ていないデータを示して、アベノミックスは失敗だと言っている様である.しかし、経済学者なら、マクロ経済理論のどこが間違っているのか、デフレ脱却の方法は何か、を論じるべきだが、全く,これに言及していないのである.どうやら、ミクロ経済の視点で思考している感じがするのである.

ここで、先ず、このマクロ経済学の復習をしておきたい.

マクロ経済学とは、マクロ変数の決定と変動に注目し,適切な経済指標とは何か,望ましい経済政策とは何か、の考察を行う学問である.その主要な対象としては国民所得、失業率、インフレーション、投資、貿易収支が使われる.

またマクロ経済分析の対象となる市場は、生産物(財・サービス)市場,貨幣(資本・債権)市場、労働市場,に分けられる.対語は、経済を構成する個々の主体を問題にするミクロ経済学である.尚、マクロ経済学の誕生は,1936年のケインズの著書『雇用・利子および貨幣の一般理論』(ケインズ経済学)に始まる.

このマクロ経済理論には、欧米で常識となっている理論がある.幾つか列記しておきたい.

・マクロ経済政策の中心は金融政策である.
・雇用問題(失業対策)は金融政策(インフレ目標)で決まる.
・インフレは失業率を下げる(フィリップ曲線・逆相関)
・マネーストックを決めるとインフレ率(物価上昇)が決まる.
・日本円の量と米ドルの量の比率がほぼ、為替レートになる.
・財政健全化は経済成長に依存する

・金融緩和の程度で経済変化を予想できる.
(インフレ率,為替レート,株価,金利,消費,GDP,失業率,賃金) 

この常識に基づいて,アベノミックスではマネーストック2倍、インフレ率2%、消費・GDP2%伸長、実現タイムラグ2年から3年、を掲げ,デフレからの脱却を策定したのである.

小野教授の論旨への項目別感想

・『物価上昇も、経済成長もないのだから、アベノミックスは失敗だ』に対し、

この事で、アベノミックスが間違いだったと断定する事に違和感がある.円安、輸出優位、訪日外国人増加、株高、金利低下,失業率低下,賃金増加、税収増、等、は理論通り,起こっているのである.

一方,インフレ率が達成できないのは原油安が原因だと思うし、消費・GDPが伸びていないのは、消費税8%の後遺症、所得分布の二極化、中国経済や世界経済の後退、資金需要停滞,が影響していると思う. 勿論、効果のタイムラグもあると思うのである.

このように、ある結果で、すべてを批判するのではなく、理論的分析の上で、評価すべきだと思うのである.

・『金緩和、財政出動は金融危機を引き起こす』に対し、

金融緩和はマクロ経済理論に従っているので、問題はないと思う.財政出動は経済波及効果のない財政出動は一時的にGDPを引き上げるかもしれないが、見返りのない借金返済を未来に強いる事になり、慎むべきだと言うのは同意である.

金融緩和の下で、日本の得意技を磨き、新たな需要を国内外で掘り起こす為の、財政出動は必要であり、民間だけでは出来ないと思うのである.

一方、GDPの2倍程の1000兆円の政府の借金は資産を差し引けば、GDPと同じくらいの約600兆円の借金である.この値は国際的にも、信用を落とす値ではないのである.

・『増税で社会保障分野での恒常的雇用の拡大しかない』に対し、

民間の雇用拡大は需要が拡大しない限り効果がないのだから、需要のある、保育、介護、の分野で税金で恒常的に雇用を拡大しようと言う提言である.

雇用問題は金融政策で決まると言うマクロ経済理論をどう考えているのだろうか.需要を増やす為に金融政策(金融緩和)があるのだが、これを否定して、税金で恒常的雇用を拡大せよと言う論は社会福祉政策としてあり得ても、デフレからの脱却、経済成長政策にはならないと思うのである.

更に言えば、社会福祉政策としても、恒常的雇用拡大の為の財源規模も財源も示していないので、その実現性も不明なのである.

・『年金支給をバウチャー制に移行すべきだ』に対し、

高度成長期を支えた団塊の世代は現役時代は中流家庭であったが、今や下流老人になりかねないのである.恒例の親の面倒、収入の少ない子供の面倒、自分の面倒、と負いかぶさっているからである.従って、団塊の世代は資産を持っていると言い切るのは間違っていると感じる.そんな中で、バウチャー制度に切り替える事に賛同はもらえないと思う.

・『消費増税しても消費に影響が出ない』に対し、

これまでの消費額に変化がなかった事を考えると8%への増税は消費に影響を与えなかったと考えられる.同じように、10%への増税も、消費には影響はないと考えられる.従って、消費の低下を心配して、10%への増税を延期する考えは間違っている、との主張である.

マクロ経済理論で言えば、消費税は消費のマイナス要因であり、景気の足を引っ張ると考えるのが常識だと思う.過去の消費額に変化がないと言うが、その原因を分析する必要があると思うのである.

何れにせよ、財源確保、財政健全化には経済成長で税収を増やすしかないのであって,経済成長のない増税は貧しい社会主義国家に陥るだけだと思うのである.

・感想の総括

以上,感想を述べたが、小野教授の論説は不遜ながら,得るものは少なかったと思う..どうやら、氏の専門の動学マクロ経済理論からの論旨のようだが,私の勉強不足のせいかも知れない.

小野教授が専門とする動学マクロ経済理論は複雑系理論、非線形動学理論によって,マクロ経済変動を予想する学問だが、極めて難しい理論のようである.

動学理論の中の金融政策について、池田信夫氏は次のように説明している.通貨供給の変動は金利に反映されるので,中央銀行の政策目標には入らない(これが世界の中央銀行の標準的な理解だ).マクロ的な金融政策の有効性は,実質金利が自然利子率と均衡するまでの短期に限られ,日本のようにゼロ金利になると効果はない、又,自然失業率が実現した後は,財政政策も意味がないと.

小野教授はアベノミックスの金融緩和も財政出動も意味がない,金融危機を煽るだけ、と言っているのは動学理論からの主張のようだが,唐突な言い方に感じるのは、リフレ派への対抗意識が先にあるからだろうか.

要は動学マクロ経済理論が正しいと考えるなら、アベノミックスの批判だけではなく,動学マクロ経済理論から見たデフレ脱却政策、経済成長政策を提言すべきである.限られた紙面であっても、これを説明できなければ、経済教室にならないと思うし、動学マクロ経済の専門家とは言えないと思うのである.

 

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.10.01

410 VW社の排ガス規制違反車をどうするのか

フォルクスワーゲン(VW)の排ガス規制違反事件が世界に衝撃を与えた.違反車が世界で1100万台になると言うのだが、どう対応するのだろうか.

多くに記事は、なぜ違反行為をしたのか、とか、企業ぐるみの違法行為だったのではないか、とか、ドイツはじめ世界の製造や経済に与える影響とか、該当車の販売停止が始まったとか、VW社はどうなるのか、とか.或は、排ガス規制違反は他の会社にもある、等の報道ばかりである.

しかし、現在排ガスをまき散らしている車に対し、世界各国は走行禁止にするのか、リコールを出すと言うVW社は排ガス規制に従った修理が可能なのか、更には、世界各国で起こると予想される、刑事訴訟(規制違反、詐欺など)や賠償訴訟(環境汚染、軽減税率、欠陥車購入者に対して)への対応がどうなるのか、など、の報道は聞こえて来ない.多分,問題が大きすぎて、一概に結論を出せないからかも知れない.何れにせよ、極めて深刻な問題が生じたものだと驚くのである.

ところで、車に限らず、昨今の世界規模で製造販売される製品は技術開発、コストダウン、の為に、グローバルスタンダード(デファクトスランダード)部品が流通している.又、独自部品をグループ内で共有しているケースも多い.従って、現在の物作りは、世界規模で展開されている部品製造と、最終商品に向けた,それらの組み立て製造で構成されているのである.まさに製造は世界規模のサプライチェーンで結ばれているのである.

このようなモノづくり形態になったのは、激しい技術の競争、コストダウン、マーケットの国際的規模の拡大、によると思うが、その結果、かつての産業の垂直統合・産業城下町による自前製造主義から水平分散・国際分業による調達製造主義に変わって行ったのである.

しかし、良い事ばかりではない.一番大きな問題は、障害や設計ミスの影響の大きさ、責任所在の不明確さ、あるいは、その対応(修理、賠償、等)のしにくさ、である.

例えば、共通部品に欠陥が発見された時、その影響は限りなく広がるのである.責任もその部品製造企業だけでは負いきれず、多くの製造、販売企業にも及ぶのである.中には、その部品製造会社がなくなっている事さえある.

購入者から見ると、いくら製造物責任制度があるからと言って、購入先にクレームを言っても、すぐに治るわけでもなく、それどころか、暖簾に腕押しで、らちが明かない事態になるのである.又、クレームを付けられた会社は、頭を下げてはいるが,腹の中では、我が社のせいではないと、思っていたりするのである.中には、製造社間で責任のなすりつけ合いとか、部品製造社がすでに存在していないケースもあり得るのである.

もし,世界に普及している部品が規制違反品であったとすると、その対応は、VW社事件よりもっと複雑になるのである.しかも、代替部品がない場合、その影響は計り知れなくなるのである.もし、影響の大きさから、使用禁止に出来ないと判断されれば、まさに、悪貨が良貨を駆逐する事になりかねないのである.

さらに言及すれば、ソフトウエアーの世界も深刻な問題を抱えている.VW事件や調達製造方式とは違うが、リスクの大きさ、影響の大きさ、からすれば、同じような問題を抱えているのである.

現在、利用者は,インターネットの上で、多くの便利なアプリケーションを無償・有償、違わず、使っている.しかし、そのアプリケーションを提供している会社がどんな会社か、処理しているサーバーやネットワークが、どこの会社のものか、そのサーバーやネットワークがどこにあるか、など全く知らないのである.アプリもサーバーもサービス提供も、利用者も、まさに、ボーダーレスの中で運営されているのである.

これをクラウドコンピューテングと呼んでいるのだが、例えば、こんなリスクが考えられる.

・海外のサーバーが外交カード(人質)になるリスクがある.
・海外のサーバーにある秘密情報、個人情報が意図的に盗まれるリスクがある.
・クラウドサービス会社にある機密情報、個人情報が盗まれるリスクがある.
・サービスに問題が発生すると、多くの利用者に甚大な被害を与えるリスクがある.
・アプリ提供社、クラウドサービス提供社のサービスの停止や倒産のリスクがある.

クラウドコンピューテングは、調達されたハード・ソフトの製品群によって、多くのサービスが提供されているのだが、利用者にとって、きわめて便利な反面、上記のようなリスクを背負っているのである.特に今後、インターネットがあらゆる機器と接続され(IOT:internet of thing )、ますますクラウドコンピューテング(ビッグデーター処理や自動制御など)が拡大する中で、安全性が求められるのである.

以上、VW事件、部品調達製造方式、クラウドコンピューテング、について今までにないリスクが存在している事を述べた.どれも、利用者で回避不可能なリスクだけに、世界規模で、関係企業はリスク対策に取り組んで欲しいのである.世界規模でのサプライチェーンが毒をまき散らすチェーンにならない為に.

 

 

 

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.04.27

398 中国主導のアジア・インフラ投資銀行への対応

2015年4月15日,中国が主導するアジア・インフラ投資銀行(AIIB)の創設メンバーが確定した(57ケ国、米国、日本は入らず).

中国の思惑はアジアでの経済的、軍事的覇権を強化する事だろうし、それに対し、日本,米国はすでに、国際金融機関を主導している事もあるが、数千億の出資を求められた上に、中国の戦略に乗せられることを警戒して、参加を見送ったと思うのである.根底には一党独裁国家の覇権拡大への警戒があると思う.

アジア以外の創設メンバー国の多くは、出資金は少ない上に、中国やアジアのインフラ市場に参画できる,と言う皮算用があると思う.

今後、世界銀行(世銀),国際通貨基金(IMF),アジア開発銀行(ADB),欧州投資銀行(EIB),米州開発銀行(IDB) などの各種国際金融機関との関係やAIIBの運営の透明性、融資条件、環境保護、リスク管理、等、この創設メンバーで協議される事になる.中国の思惑と創設メンバーの意向が、どのように、調整されるか注目されるところである.

又、運営の透明性が担保されても、米国や日本が参加しない事による、出資金不足や、中国と同じような程度にAIIBの信用が位置づけられ、既存の国際金融機関より劣る船出になるかもしれないのである.

さて、6月末までに、創設メンバーによる運営規約が策定され、本年中にスタートの予定だと言う.日本として気になるのは、運営規約の内容もさることながら、参加しない事による、日本のアジア・インフラビジネスやADBへの影響である.

当然、ADBの資金拡大や融資活動の強化が必要になると思うが、重要な事は、AIIBと連動した中国のアジア・インフラ市場への進出と,どう戦うかである.

その為に、日本の優秀なインフラ技術や実績もさる事ながら,アジア諸国との友好と信頼関係づくりが極めて大事になると思うのである.

その友好関係の中で、我国は、道路、橋、トンネル、鉄道、新幹線、港、護岸、防災、環境、耐震、治水、土地改良、灌漑用水、上下水道、都市開発、医療、医療機器、土木・建設機器、人財育成、等々を提案し、相手国の発展に貢献して欲しいものである.

その為に,日本の力を十分発揮できる官民の体制強化も必要だと思う.今後の対応に期待しつつ、推移を見て行きたいと思う.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.17

390 日本の新幹線輸出に思う事

3月14日の北陸新幹線の開通で、観光や日本の新幹線の話題が多い.新幹線の話題のほとんどは、日本の新幹線の技術が、いかに優れているか、と言う話である.

言うまでもなく、日本の新幹線は、多くの、長いトンネル,高架,カーブ,坂,等の日本独特の地形への対応、台風,豪雨,地震、豪雪,等,自然現象への対応もある.さらに、振動や音の小ささ、等の乗り心地、あるいは過密な運行への対応も、要請されているのである.普段、気づかない事だが振動を抑える事は乗り物疲れを防ぐ上でも大事な要件なのである.

日本の新幹線は、このような厳しい要件・要請に対応した技術やシステムの開発によって、安全性.高速性、快適性,が実現しているのである.一方で、日本の高速道路も同じだが、線路の建設には他国より数倍の費用と期間がかかっており,運賃料金は高いのである.

このように、技術の粋を集めた、世界に誇れる新幹線だが、輸出に当たって、留意しなければならない事がある.

いかに優秀な日本の技術を誇っても、トンネル、カーブ、台風、地震、豪雨、豪雪、或は過密な運行、などの対応が不要な新幹線には、その技術は不要だと言う事である.地平線まで、まっすぐなレールの上を走る新幹線に対して、日本の技術を自画自賛しても意味がないのである.

そう考えると、日本の技術が役立つのは,日本と同じような厳しい環境の新幹線と言う事になる.その分、世界のマーケットは絞られる事になるが、反面、地質調査に始まって,路線網設計,トンネルや高架、橋の建設、車両製造,運行システム,保守,人の育成、に至るまで、総合的に日本の技術やシステムが提供できるのである.

このような最先端の技術で実現している日本の新幹線だが、輸出においては影は薄いのである.現在の輸出の状況は台湾の高速鉄道だけである.日本の技術が中国に流出したとの話もあると言う.

一方,車両ビジネスで見ると,カナダのボンバルディア、仏のアルストム、独シーメンスのビッグ3が,世界シェアの50%以上を占めており、日本メーカーはニューヨーク、ワシントンの地下鉄車両、英国高速鉄道からの受注などの実績はあるものの、トータル1割程度にすぎないのである.ヨーロッパの車両規格が日本と全く違う事も原因のようである.

このような事態に,国内だけで自画自賛する日本人の視野の狭さ、国際市場に対する戦略性の弱さ、を感じてしまうのである.新幹線に限らず、これまでも、散々言われてきた日本の弱点である.

そして,ようやく、非ヨーロッパ、アジアでの新幹線をターゲットに、政府を含めたオールジャパン体制が始動し始めたのである.是非とも、相手国のニーズを捉えた上で、日本の技術を発揮できる市場をリサーチし,先手の提案を行って欲しいものである.新幹線は飛行機と違って,その地域の地形や自然現象に対応する必要があるからである.

従って、一方的に、日本の新幹線を自画自賛して、あげくに、『日本の技術の優秀性はわかるが、そこまではいらない』と言われないようにして欲しいのである.

相手国の実状を踏まえた提案によって、『日本の技術は我が国の新幹線に不可欠だ』と言わせたいのである.これは、新幹線に限ったことではないのである.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.02.18

387 ピケティの『21世紀の資本』への疑問

21世紀の資本』(著者:フランスの経済学者トマ・ピケティ)が話題になっている.ウイキペデアでは次のように紹介されている.

資本主義の特徴は,格差社会が生まれる事である.しかし、この富の不均衡は、干渉主義を取り入れる事で、解決することが出来る.これが、本書の主題である.資本主義を作り直さなければ、まさに庶民階級そのものが危うくなるだろう.

議論の出発点となるのは,資本収益率(r)と経済成長率(g)の関係式である。rとは、利潤,配当金,利息,貸出料などのように,資本から入ってくる収入のことである.

そして,gは,給与所得などによって求められる.過去200年以上のデータを分析すると,資本収益率(r)は平均で年に5%程度であるが,経済成長率(g)は1%から2%の範囲で収まっていることが明らかになった.このことから,経済的不平等が増してゆく基本的な力は、r>gという不等式にまとめることができる.

すなわち,資産によって得られる富の方が,労働によって得られる富よりも速く蓄積されやすいため,結果として格差は拡大しやすいのである.

また、この式から,次のように相続についても分析できる.すなわち,蓄積された資産は,子に相続され,労働者には分配されない.たとえば,19世紀後半から20世紀初頭にかけては,華やかな時代といわれているが,この時代は資産の9割が相続によるものだった.また,格差は非常に大きく,フランスでは上位1%が6割の資産を所有していた.

一方,1930年から1975年の間は、いくつかの特殊な環境によって、格差拡大へと向かう流れが引き戻された.特殊な環境とは,つまり2度の世界大戦や世界恐慌のことである.そして、こうした出来事によって,特に上流階級が持っていた富が,失われたのである.

また,戦費を調達するために,相続税や累進の所得税が導入され,富裕層への課税が強化された.さらに、第2次世界大戦後に起こった高度成長の時代も,高い経済成長率(g)によって,相続などによる財産の重要性を減らすことになった.

しかし,1970年代後半からは,富裕層や大企業に対する減税などの政策によって,格差が再び拡大に向かうようになった.現代の欧米は20世紀初頭のような、資産の偏重が起こり,中産階級は消滅へと向かっていると判断できるのである.

つまり,今日の世界は,経済の大部分を相続による富が握っている「世襲制資本主義」に回帰しており,これらの力は増大して寡頭制を生みだす.また,今後は経済成長率が低い世界が予測されるので,資本収益率(r)は引き続き経済成長率(g)を上回る.そのため,何も対策を打たなければ,富の不均衡は維持されることになる.

科学技術が急速に発達することによって,経済成長率が20世紀のレベルに戻るという考えは受け入れがたい.我々は「技術の気まぐれ」に身をゆだねるべきではないのである.

不均衡を和らげるには,最高税率年2%の累進的な財産税を導入し、最高80%の累進所得税と組み合わせればよい.その際,富裕層が資産をタックスヘブンような場所に移動することを防ぐため、困難な事だが、この税に関しての国際的な協定を結ぶ必要がある.

特徴

特徴的なのは,200年以上の膨大な資産や所得のデータを積み上げて分析したことで、それが本書を長大なものにしている.ピケティは、このデータを収集、分析するのに15年の歳月を費やした.「この統計データだけで、ノーベル賞に値する」と評している人もいるようである.

内容面での特徴としては,アメリカン・ドリームの否定が挙げられる.すなわち,アメリカでは,生まれが貧しくても努力することで,出世し裕福になれると信じられていたが、ピケティは、現在のアメリカは他国と比べてそのような流動性は高くないことを実証した.さらに,大学への入学においても,両親の経済力が大いに物を言うことを指摘している.

さらに,ピケティは、サイモン・グズネッツの「資本主義経済では経済成長の初期には格差が拡大するが、その後格差は縮小に向かう」という説を否定している.

実際、1955年の時点では、格差は縮小していた.しかし,ピケティは,1980年代になると格差が再び拡大していることを示した.ピケティは、クズネッツの仮説について,「冷戦時代に共産主義に対抗するために作られたものにすぎない」と述べている.

一般的な経済論文とは異なり,この本には、数式はほとんど登場しない.代わりに,19世紀初期のイギリスやフランスに存在した,相続財産によって固定された階級を説明している.

『21世紀の資本』という書名は、カールマルクスの『資本論』を思い起こさせる.実際、ビジネスウィーク誌での特集の書き出しは、「一匹の妖怪が、ヨーロッパとアメリカを徘徊している.富裕層という妖怪が」という、マルクスの『共産宣言』を意識した記述で始まっており、ピケティを批判する人の中には、彼を共産主義者だと言う声もある.しかし、ピケティは『資本論』を読んでおらず,資本主義も否定していない.

この主張に対し、2月11日日経新聞の経済教室蘭で森口千晶氏(一橋大教授)は『平等社会は成長に課題』(最適バランス求め議論を)と題して、次の指摘をしている.

『成長と格差』の問題は経済学の重要なテーマだ.成長が貧富の差を生み出すのか,持続的成長が、やがて格差を縮小させるのか,富の蓄積は革新の推進力か,それとも,阻害要因か、等、研究上の困難は理論を検証する為の長期的データが無い事だ.その意味で、ピケティの取り組みは研究に新風を吹き込んだ. 

日本のデータ(明治政府は欧米に先駆けて1887年に所得税を導入した為、125年にわたる、どの国よりも,長い時系列データが得られる)によれば,

成人人口の上位0.1%の高額所得者を超富裕層と呼び、彼らの所得(不動産や株の売買益は一時的な為除く)が総個人所得の何%を占めるかと言う所得シェアーを1890年から2012年で調べた.

これによると、1890年から1938年の産業課初期の急成長期では9%を超えたが、戦中、戦後は2%まで急落している.その後の驚異的な高度成長期(55年から73年)にもシェアーは低位に推移し、安定成長期にはさらに1.5%までに低下、バブル期の頂点でも終戦時と同じ2%に過ぎないのである. 

この事から、格差と成長の関係は一意に決まらない.むしろ、日本の経済システムの特徴と整合しているのである.戦前の9%は資産家による財閥経済,資本家への高額配当,資本家による高額再投資、があった事で説明できる. 

戦後の2%は、戦災によって富裕層の所得や資産が崩壊し、加えて,土地改革、財閥解体、で富の集中を解消し、戦中の高度な累進的所得税・相続税をそのまま制度化し、教育改革、労働法改革で労使関係を平等化し事と整合している.

さらに、個人資産家に代わって、系列企業とメーンバンクが株式と債権を保有し,オーナー経営者はサラリーマン経営者になり(資本と経営の分離)、従業員は企業別組合を結成して企業統治に参加し、戦前に比べて配当・役員報酬が大きく低下したのである.

ブルーカラー社員にも人的投資を行い、ボトムアップの生産性向上を目指す日本型人事管理は高度成長期から安定成長期までの『格差なき成長』の原動力になったのである.

バブル崩壊の90年代以降、デフレスパイラルが続く中、非正規雇用の増大など低位所得層の拡大がみられたが、日本の超富裕層の所得シェアーは2008年戦後最高の2.6%を記録したが、リーマンショック以降は低位傾向である.このように、日本型の資本主義経済が所得シェアーの低位の原因であり、ヨーロッパのデータを基にしたピケティの主張とは違うのである.

又、米国は80年代から所得シェアーが急伸し、2012年は実に8.8%に達している.同年の日本の超富裕層の平均所得が5500万円だが、米国では7倍の3億8000万円である.

キャピタルゲインを含めた所得シェアーを見ると、日本ではバブル期、一時的に,超富裕層のシェアーは5%を超えたが、2012年時点では3.3%にとどまっている.今後、歴史的にも国際的にも、依然として低い水準が予想され、ピケティの警告する『富裕層の更なる富裕化』は起こらないと思われるのである.

ただし、日本は従来の比較的平等な、ボトムアップのシステムから、成長を高める為に、トップダウンの経営、成功した経営者への厚遇、傑出した人材への高い報酬、労働市場のグローバル化、等の課題がある.

一方、米国は、創造力や独創性で競争に勝ち抜いた個人に高い報酬を与えるスターシステムだが、貧富の格差を放置してよいのか、と言う問題がある.いづれにせよ、『成長と格差』の問題は『バランスの問題』だと考えるのである.

また、2月12日の日経新聞の経済教室欄で阿部 彩氏(国立社会保障・人口問題研究所研究部長)は『対立避け、社会の連帯を』と題して、日本の格差拡大は富の集中より貧困問題だ、富裕層対中間層の対立構造を乗り越えよ、貧困の連鎖打破へ財源負担を広く議論を、と主張している.

ピケティによって格差議論が再度、起こったことは良いと思う.日本で1990年代後半から2000年代にかけて、格差拡大が論争になったが、何としても格差を是正すべきだと言う機運にはならず,議論は、貧困対策問題に移って行ったのである.そして、2013年、『子供の貧困対策の推進に関する法律』が成立したのである.

格差論争が下火になる中で、ピケティが資本主義経済は格差を拡大させるから、それを是正する仕組み(税制)が必要だと主張したのである.

一方、日本では、そもそも日本の富裕層への所得の隔たりは先進国の中で小さい方である.日本の多くの論者が指摘するように、日本の格差拡大は富裕層の拡大ではなく、貧困層の拡大によるところが大きいと認識されているのである.

所得が中央値の半分に満たない人の割合(相対的貧困率)は日本は1985年の12%から2012年の16%に上昇した.子供の貧困率に至っては11%から16%に上昇した.ちなみに、2012年の貧困基準は二人世帯で年間可処分所得は173万円である.

ピケティ氏の『経済格差の固定化』は日本では、『貧困の連鎖』という形で現れる.貧困な家庭の子供は成人後も貧困から脱却できない、生活保護家庭の子供が成人しても生活保護を受ける確率が高い、親の学歴が子供の学歴に比例する、等である.

この貧困対策は貧困を支援する事や貧困が連鎖しない支援になるのだが、一番大きな問題はその財源である.

しかし、ピケティの主張を熱狂的に受け止めている人の中に、富裕層に対する対決意識が感じられる点が問題である.16%の貧困層への給付を、さらに拡大するには、富裕層からの再配分をさらに増やしても十分ではないのである.当然の事ながら、貧困対策の財源は中間層を含めた負担の増加が欠かせないのである.

にもかかわらず、ピケティの主張に熱狂的になる日本の人は、『富裕層から取ればよい』『自分には負担が来ない』と勘違いしているのかも知れないのである.負担の押し付け合いは結局のところ再配分へとつながらないのである.

したがって、ピケティの言う『資本主義に任せておくと、格差がおのずと拡大する』『持続的成長があっても、格差は縮小しない』に賛同するなら,格差縮小の為に多くの国民が負担の覚悟しなければならないのである.

私の所感

『21世紀の資本』を精読したわけではなく、意味や定義が曖昧な理解のまま、誤解も多いと思うが,上記の緒論も踏まえて、私の感じた事を述べてみたい.

①資本収益率(r)〉経済成長率(g)の不等式への疑問

ピケティは過去のデータを分析して、資本主義経済は資産によって得られる富(資本収益率 rate of return 5%)の方が,労働によって得られる富(経済成長率 growth rate 1~2%)よりも、速く蓄積され、しかも、その資産は,子に相続される.結果として,資産のある者と、無い者の格差は拡大しやすいと結論づけたのである.

ピケティが経済成長率(g)を労働によって得られる富の伸び率と言い,マルクス経済学の労働付加価値説を連想するのである.

近代経済学では経済成長とは国民総生産(GDP・付加価値の総額)の伸びを示す指標であり、経済の活動規模(取引規模)の増減を表しているのである.この経済成長の要因として、労働力(人口増加)、機械・工場などの資本ストック(蓄積)、技術進歩,の3つがあり、『GDPの成長率』は、『技術進歩率』と『資本の成長率』と『労働の成長率』に分解できるのである.

正直、私が勉強不足だと思うが、経済成長を労働によって得られる富の伸びと言っている事に、まず理解できないのである.

労働によって得られる富より、資本収益の富が大きいから、格差が生まれると言うなら、国内の所得層別の所得シェアーや貧困層率の推移、を見れば分るのである.それを、経済学で言う経済成長率(rate of economic growth)と、その内訳である資本収益率(rate of return)を比較するものだから理解できないのである.

言葉の使い方だが、g の growth rate は経済成長率ではなく、所得成長率ではないかと思うのである.これなら、経済成長率(rate of economic growth) の中身として,資本収益率(rate of return) と所得成長率(growth rate) を比較できるのである.

原本が正しく、翻訳が間違いなのか、原本が間違っているのか、再確認が必要である.

さらに言えば、資本収益の受け手は,国内、海外、さらに、個人,法人があり,単純に、国内の資産家に、すべてに資本収益が集まるわけではないのである.従って、このことを踏まえて、国内の資産家と労働者の格差を論じなければならないのである.

➁過去200年のデータを分析して格差諭を述べても、意味がない.

『世襲資本主義』を念頭に置いたピケティの資本論は現在の世界の資本主義経済システムと大きく違うように感じる.したがって,経済システムの違う200年間のデータを分析して格差諭を主張しても、現実に当てはまらないと感じるのである.

資本主義経済は言うまでもなく、『富の創造と富の分配の仕組み』である.この仕組みで、国内では、数十万の企業、数千万、数億の人が切磋琢磨して生きているのである.少数の資産家が経済を動かす程、経済の規模は小さくないのである.

しかも、科学技術の発展、価値観の多様化、競争の激化、資本の大衆化、ファンドの発達、発展途上国の台頭、自由・平等思想の普及、等によって,経済活動がグローバルに、ダイナミックに変化し,企業の新人代謝も激しいのである.

そんな現在の経済システムは、ヨーロッパの身分制度を背景とした世襲資本主義経済とは大きく違うのである.ましてや、上記指摘にもあるが、日本の経済システムとは大きく違うのである.

したがって、世襲資本主義経済のヨーロッパのデータで格差諭を論じても、現在の資本主義の経済原理にはならないと思うし、現在の資本主義はピケティの言うような静的な経済ではなく、極めて動的な経済を生んでいると思うのである.近年の産業界の新人代謝を見ても明らかなのである.

ヨーロッパが世界の産業の新陣代謝に顔を出さないのは、ヨーロッパが静的な経済にとどまっているからかも知れない.もしそうなら、ヨーロッパ経済にとって重要な事は『富裕層の資産から再分配をして格差を縮小する』のではなく、『世襲資本主義経済から大衆資本主義経済に移る事』を考えるべきだと思うのである.

その上で、指摘したい事は、資本主義経済の運営は国の文化、歴史、政治、等によって、随分違う.公益事業や公共事業の大きさ、国家資本で運営されている事業の大きさ、等によって、『資本主義の仕組みで動く経済の規模』が違うし、格差への影響も違うのである.

特に、日本は大資産家は少なく、所得の中間層、金融機関、ファンド、企業が株や不動産や債券を持っているのである.したがって、資本収益は、これらに分散するのである.したがって、日本の富裕層と貧困層の格差は欧米に比べて低いのである.

同時に、資本収益は長い年月で見れば、個人と言うより、相続のない、法人、或は、政府に集まるのである.勿論,その富は固定的ではないのである.

ピケティは米国は格差が固定化し,アメリカン・ドリームは実現せず、大きな社会問題になっている事を指摘して、自身の格差諭の正しさを主張しているようだが,米国は世襲資本主義がそれをもたらしていると言うより、激しい競争社会が、結果として、格差を生んでいるのである.その多くは、先端技術の競争によって、もたらされているのである.そして、世界一の経済力を持ち続けているのである.

米国は、格差を問題にすると言うより、貧困問題として、深刻に捉えていると思う.税による再分配より、まず、ボランティア精神が定着していたり、世界一の寄付社会である事を見ても、その問題認識と取り組みが見えるのである.

③富裕層の資産が拡大するから、再分配が必要、も短絡的である.

ピケティが資本主義経済では、富裕層の資産が拡大し、格差を生むとして、格差是正の為に、富裕層の資産の再分配をすべきと言っているが,いかにも,単純な主張である.

大富裕層の少ない日本で、富裕層の定義にもよるが、資産税による再分配額は限定的である.再分配の額を求めようとすれば、中間層にも、その負担が行く可能性もある.そうすれば、中間層が貧困層になってしまう事もあり得るのである.

課税の考え方にも短絡性を感じる.現実は富裕層の資産の課税は一般的に、税の公平性を念頭に置きながら、『財源確保の為に高額所得者や資産保有者に負担してもらう』と言う事で、何らかの累進課税を課したり、国の支援を低くしているのである.

その意味で、『資本主義経済は格差を生むから、格差是正の為に富裕層に課税をする』と言うのは、理由としては、概念的で、根拠が薄いのである.現実の課税は、経済活動の結果で負担を求めているのだから、資本主義経済云々は余計なのである.

既に述べているように、そもそも、激変する社会では、富裕層の資産が確実に拡大する保証はない.資本主義経済は資産バブル崩壊もあるが、デフレ、インフレ、需給、等の変化、あるは技術革新や競争で、資産の額、所有者は変化するのである.当然、資産は常に、大きなリスクを背負っているのである.その意味で,資本収益はリスクの対価ともいえるのである.

又、②でも触れているが、資産の蓄積は、原理的には、富裕層個人ではなく、長い年月のうちに、国や法人に集約されるのである.そこには相続と言う概念がないからである.したがって、国や法人の持つ資産を経済活動を通じて、いかに、効果的に再分配するかが大事になるのである.

以上の事から、ピケティの『資本主義経済は富裕層と労働者の経済格差を生むから、格差是正の為に、富裕層の資産を再分配すべき』と言う、対立的な課税理由に違和感を感じるのである.

そもそも、ピケティが資本主義経済には欠点があると言うなら、政治学者なら税と言う政治的政策を言うのではなく、資産家と労働者の概念を捨てて、資産の大衆化、起業の活発化、技術革新の促進、など、経済構造の改革で、富の偏重を是正し、多くの人が富を得られる方策を提言すべきだと思うのである.これこそが、資本主義経済が求めている姿だと思うのである.

④経済格差が学力・学歴の格差を生み、次世代の格差に連鎖するのか

2月15日の日経新聞の中外時評で論説委員長の大島三緒氏が、『教育格差が未来を奪う』(止まぬ機会不平等の連鎖)と題して、論評を載せた.その結果、戦前と比べて上昇思考が薄れ、社会の活力が急速に失われていくと言うのである.

この論評に代表されるように、経済格差が諸悪の根源だと言わんばかりの論評が多いのである.然し、貧しいから、進学できない、は昔の方が多かったと思うし、今は高校進学率も、大学進学率も極めて高くなった事を思えば、学力や学歴の格差は社会全体から見れば大きく改善していると思うのである.

ピケティに呼応して,経済格差が教育にも連鎖すると言う主張は16%の貧困層の話としてはあると思うが、社会全体の問題のように言うのは疑問である.社会全体としては、上記のように、大きく変化しているからである.

問題の核心は格差問題ではなく、16%と言われる貧困層が教育費用が負担できずに、学力・学歴に不利を生じる事である.それに対し、経済の底上げ、貧困支援、教育支援、等が十分ではないにしても、行われているのである.

ピケティに触発されて、鬼の首を取ったように、16%の貧困問題を社会全体のように叫んだり、東大生の親に貧困者がいないと指摘したり、する事に幼稚さを感じるのである.この人たちは、史上空前の進学率をどう説明するのだろうか.

教育問題の私見を言えば、根本的には、教育機関を、それぞれ3年の高校・専門学校・大学、のパスにすべきだと思っている.若者に適材適所の質の高い教育をする為である.同時に、大学は研究機関、国家試験向け、と位置づけ,40~50校程度にする事である.

このパスで、医学を目指す学生には、才能は厳しく、費用負担は軽く、を実現したいのである.親の財力が無ければ医者のなれない事態は解消したいのである.一考の価値は有ると思うのだが.

⑤『経済成長し続けても、格差は縮小しない』との主張にも疑問

ピケティは40年から50年前のデータで、この説を主張し、経済成長が続けば、その経済効果が広く波及し,格差は縮小するとの意見に異を唱えて、反共産主義の仮説だと言い切っているのである.正しい主張だろうか.

この説は世襲資本主義のヨーロッパのデータだけの話のように感じるのである.経済成長は産業の新人代謝やマーケットの開拓で推進され、資産がダイナミックに移転しながら,経済全体の規模が拡大して行くのである(パイの拡大).

経済成長が続くと言う事は、所得が増え、消費が拡大し、経済の底上げ、貧困層への波及効果があると思う.さらに、社会保険等の運用の増大や税収が増えて、貧困対策に財源が回る事もあり得るのである.富裕層の所得も拡大し、相対的格差が拡大しても、貧困層の可処分所得が増える事になると思うのである.格差問題よりこのことを評価すべきだと思うのである.

尚、富裕層の資産は資産バブル崩壊や景気変動によるデフレもあり、資本主義経済の特徴は、資産の偏重を正規化するメカニズムを持っている事なのである.

『資本主義経済は格差社会をもたらす』とのピケティの結論は格差の程度を論ぜずして言いきれないのである.

⑥ピケティを神のお告げのように受け入れている政治家へ

『弱者救済の為に富裕層からの再分配を増やすべきだ』と正義の味方、弱者の味方、を自認する政治家にとっては、わが意を得たりの心境だと思う.そう言う人に限って、論理の掘り下げがなく、感情論で終わっているのである.

上記指摘にあるように、ここはヨーロッパではない、日本である.日本の実情を踏まえて、ピケティの主張が日本の実情に当てはまるのか、具体的にどうすべきなのか、しっかり考えるべきなのである.

多分、このピケティ旋風は、これ以上掘り下げられず、どこかに行ってしまいと思うのである.国会でピケティの指摘を持ち出して、政府を攻撃しても、デフレからの脱却、経済成長政策、少子高齢化対策、社会保障対策、貧困対策、及び、財政健全化対策に必死で取り組んでいると、政府が言って終わりである.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.12.11

382 日銀の大胆な金融緩和に賛同する論説の紹介

かねてから,日本の円は実力以上に円高だと思うっていた.その結果,海外の物(特に中国産)が安く国内に蔓延し、国内産業を駆逐して行ったり、海外にモノやサービスが売れなくなって、企業が海外に流出して行ったり、したのである.円高による産業の空洞化である.資源のない我が国経済は加工貿易を旨としていたのだが、それが崩れてしまったのである.

自国通貨が高くても問題にならない国は米国くらいである.米国は農業はじめ世界を席巻する産業が多く,ドル高でも、輸出に影響が出ないのである.一方、消費財は高いドルで海外から調達するのである.米国産の消費財は,ほとんどない事でもそのことがわかる.

米国としては、付加価値の低い消費財を輸入して、輸出国の経済を成長させ,付加価値の高い先進技術製品を買ってもらう,と言う図式を昔から描いて実行してきたのである.したがってドル高は特に問題にならないのである.

一方、日本は古来より、円安による国内産業の育成が主流であり、加工貿易国家だったのである.中国,韓国はじめ、多くの国も、日本と同じ方法で経済を成長させてきたのである.

この加工貿易の体質を変えないまま、日本は円高に突入し,後発国に席巻されて産業が疲弊したり,長期のデフレスパイラルに落ち込んで行ったのである.

そして、2年前、第2次安倍政権が発足するや、アベノミックスと言う経済政策の一環として、日銀はデフレからの脱却に向けた金融緩和政策を実行したのである.そして、円安、株高が進み、経済に成長の兆しが見え始めてきたのである.

しかし、円安は多くの輸入製品の価格を引き上げ、国民やドメステックな中小企業を苦しめている、産業は空洞化しており,輸出も伸びていない、等と非難が多くあがっている.中には、政府を非難する為の非難も少なくないのである.同時に,今回の金融緩和策に賛成する論評はあまり聞こえて来ないのである.

一般的に、有識者にとって『批判』は,対案が無くても、インテリ風に見えるし,自己顕示欲を満足させられるし、批判してもリスクがない、事から『批判』を言いたがる傾向がある.事実,そんな人を多く見て来た.

逆に,『賛同』は迎合しているように見えて,インテリ風に見られないし,当事者と同じリスクを背負う事から,積極的に『賛同』を表明したがらないのも事実である.結構,この隠れ賛同者は批判者より多いのではないかと思うのである.

そんな中で,12月10日の日経新聞の経済教室で『日銀の異次元の金融緩和』は正しいと言う論説が掲載された.そこで,この勇気ある執筆者に敬意を表して、自分の勉強も兼ねて,当ブログで紹介したい.

執筆者は嶋中雄二氏(三菱UFJモルガンスタンレー証券景気循環研究所長)、その論説の概要は次の通りである.

論説のポイントは次の3つ.

・異次元緩和は円安や需要刺激になる.
・マネー供給は1年半後に名目成長に寄与する.
・中身のない奇策ではなく理論的に裏付がある.

この日銀による昨年4月以降の大胆な金融緩和はノーベル賞経済学者、故,ミルトン・フリードマンのマネタリズムによって説明できる.このマネタリズムとは名目国内総生産(GDP)決定理論である.その内容はマネーの増加が一定のタイムラグ(6~9か月)を置き、名目経済成長率の変動をもたらす,と言う理論である.

中央銀行がマネーの供給を増やすと現金残高が過剰になって,人々は中銀の最初に予想収益率が高まる債権から順に株式,住宅,並びに他の物的資本へと予想収益率の変化に応じて資産構成を変えつつ,保有現金残高を調整しようとする.

この過程で利子率が低下し,諸々の資産価格が上昇して,設備投資や個人消費を拡大させ,景気を押し上げるのである.

異次元緩和の波及経路をフリードマン流に説明するとこうなる.日銀が長期国債、コマーシャルペーパー,社債,株式指数連動型上場投資信託、不動産投資信託,を購入して行けば,その分だけ日銀の当座預金が増え、景気状況に応じて、変化する日銀券と合計したマネタリーベース(資金供給量)が増加するのである.

一方,日銀の買いオペによって長期金利が低下すれば、特に米国の金利が一定の下では円安、ドル高が発生するのである.外貨を含むトル資産の予想収益率も日本国内で高まる.

円安は輸出メーカーの採算を改善し,輸出量を増やして生産活動を活発化させる.この期待から株価を大きく上昇させた.外人観光客も激増し、内需にも貢献した.海外現地生産から国内へのシフトも促している.債券価格の上昇はCPや社債に波及し,やがて株式や不動産投資信託、不動産の予想収益率を上昇させ、資産価格全体を押し上げる.この資産効果や長期金利低下による資金調達の有利性の下で、住宅投資や耐久財消費、企業の生産活動が刺激されるのである.

これは,先行きへの革新を強めた企業の設備投資につながり,雇用や賃金にも影響が及び,最終的には消費者物価が上昇するのである.

名目成長率をインフレやデフレの行き過ぎない安定的な成長率の近傍に保つためには,政策手段としてのマネーをどのくらいの伸び率で供給すれなよいか.この課題を解決する金融政策上の基準が米カーネギーメロン大学のベネット・マッカラム教授が考案した『マッカラムルール』である.伸び率で表示した貨幣数量方程式に名目成長率目標と現実の名目成長率とのギャップを加味したものである.

著者らが試算した2015年1月~3月期に名目3%成長を達成する為の資金供給量の平残は250兆円であった.昨年4月の異次元緩和で東井署想定された2年で2倍と称された14年末の残高270兆円とほぼ同額である.緩和後の名目成長率は13年度は1.8%になった.当研究所の予想は14年度下期には前年同期比で2.6%,15年度上期では同3.3%に達する見込みであり,2年で名目3%と言う当初目標はほぼ達成されつつある.

勿論,名目3%を達成しても、14年度内は消費税増税で吸収されてしまう.又、日銀が掲げる消費者物価指数(生鮮食品除く)でみた2%の上昇目標の達成は不確実で,4月の消費税を除くと前年比1.5%まで上昇したが,夏以降の原油価格の急落で鈍化傾向が明確になったのである.

こうした事態に対応した10月末の追加緩和はタイミングだけでなく,その規模においても適切であったと考えている.

以上のようにアベノミックスの第一の矢である異次元緩和は巷で言われるようなサプライズだけを狙った中身のない奇策ではなかったのである.むしろ、マネタリズムの政策思想の流れを汲み,マッカラム・ルールに沿って説明できる理論的・実証的な根拠を十分に持った金融政策運用であり、かつ,すでに確実に結果を出しつつあると思うのである.

以上が論評の概要である.この金融政策で名目成長が押し上げられ、需要を刺戟し,実体経済が回り始めるとの論であり、断片的な現象に対する評価ではなく、経済全体の動きを巻き込んだ理論になっていると感じたのである.

勿論この理論だけで経済が活性化するわけではない.この金融政策が刺激になって,全国民、全企業が,世界を視野に、新技術の開発、新商品の開発、需要の開拓、に取り組まなければならないと思うのである.政府にいつ賃金が上がるのかと問うような根性では経済の活性化は望めないのである.

総選挙も終盤になった.日増しに、『パイの分配合戦』になっている事に大きな危機感、失望感を感じているのである.『分配を増やせば国は亡び、パイを増やせば国が栄える』『パイの拡大なくしてパイの分配はなし』を声高に叫びたい感じがするのである.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.10.24

373 日本経済の凋落原因と打開策

日本は資産バブル崩壊(1991年)から23年が経過したが,それ以来、日本経済の凋落は続いているように思う.

幸か不幸か,資産バブルの崩壊で,『水が引いたら湖底はヘドロだらけだった』と揶揄出来るほどに、高度経済成長期には隠れていた脆弱な産業構造や企業活動が露呈したのである.これをきっかけに、不良債権の処理,業界や企業の事業再編,日本的経営の見直し,等が始まったのである.

しかし,残念ながら,産業界はリストラに走るだけで,当時の米国の次世代を担うIT産業の,台頭のような,新たな産業の芽が出ないまま,中國,台湾,韓国の進出をゆるし,今日に至っているのである.

振り返ってみれば、日本の産業は明治維新後と先の敗戦後に出現した、たぐいまれな挑戦的な事業家によって発展してきたと思う.日本の秩序重視の農耕民族DNAからすれば、むしろ排除されるべき人材が、日本の経済を引っ張って来たのである.

ところが,バブル崩壊後、世界の経済情勢や技術が激変しているにもかかわらず,かつてような、挑戦的な事業家があまり出現していないのである.日本の凋落はどうやら、これが原因だと思えるのである.

産業界全体が、『創業経営者』から『サラリーマン経営者』に移っている事、保守・保身の精神が時代の変化に応じた『産業の新人代謝』(新たな産業の形成)を拒んでいる事,からすれば、日本の凋落は当然の帰結かもしれないのである.

この現在の日本で欠けている、『挑戦的な事業家の出現』、『産業の新人代謝の活発化』が海外で行われている事を思えば、国際的に新人代謝が行われている事になるのだが,日本としては,これを黙って見ているわけに,いかないのである.

『サラリーマン経営者』(企業内部の昇格人事で就任)の問題は,改めて言うまでもなく,ほぼ,株価や時価総額には無関心である.株価や時価総額を高めて、企業買収や資金調達をし、事業を拡大しようとする意欲、さらには、ストックオプションを使った人材の確保や社員の意識改革、等の考えは,ないのである.全く,思考が保守的,保身的なのである.言うまでもなく,経営者の役割りは企業の存続と発展であるが,サラリーマン経営者には,この社会的責任に向かって必死の努力をしている姿が見えないのである.

ただし,サラリーマン経営者でも、やれる事がある.競争力のある部品の製造である.一つの事に閉じこもって深堀する事は日本人は得意だからである.現に,世界に通用するキラー部品を多く作っているのである.然し,この美学だけでは日本経済を支えられないのである.

そんなサラリーマン経営者はリストラと言う首切りに手を染めるしか経営できないのである.現在でも、事業戦略と銘打って、リストラを掲げる大会社のサラリーマン経営者がいる.手段が目的になっている経営者にあきれるのである.そんな経営者に,事業戦略など語れるわけがないのである.

この問題から脱出できるとすれば,経営手腕のある人材を外部から入れる事である.上場企業だから,元来,純潔主義(井の中の蛙)から卒業しなければならないのである.

次に,『産業の新人代謝』の問題は、日本のDNAからして不得手なテーマであるが、明治や戦後の時代に挑戦的事業家が多く世に出たのだから、今の世でも、そういう人たちがいると思うのである.

勿論、その為の環境作りも必要だと思う.企業で言えば、企業風土の改革や持ち株制度、或はストックオプション制度は必須である.又、若者の起業しやすくなるベンチャーキャピタルの充実も不可欠である.

ベンーキャピタルは言うまでもなく,10の投資案件のうち、1件でも上場できれば、キャピタルゲインが得られて、全体の投資回収ができると言う投資ビジネスである.一方,融資を受け研究者や創業事業者は,ハイリスク・ハイリターンを覚悟した融資だから,投資者を気にすることなく、研究や事業に没頭できるのである.

少なくとも、このような事で、産業の新人代謝を促進する必要があると思う.更に,人材育成の為の大学の在り方にも改革が必要である.

極端な言い方をすれば,無意味な大学の淘汰と、意味ある大学の入学試験の廃止である.学生を人生に役立たない受験勉強から解放させ、学びたい大学に自由に入学させればよいのである.ただし、入学後、厳しいふるいにかけられる.ふるいにかけられた学生は、やりたい事、やれる事を再確認して、進路を考え事になるのである.

大学改革を整理すると,①受験勉強から学生を開放する事.②大学4年間を無駄な遊びの時間にしない事.③学生が好きな事、やれそうな事に自然と仕訳され、それに応じた人材を育成する事である.

この考え方は入口を厳しくする制度から出口を厳しくする制度に変える事を意味している.行政の規制を緩和して、日常の管理を厳しくする事と同じである.日本は大学も、行政も、入口重視で、その後は、ほったらかし、なのである.管理者側からすると、この方が責任を問われないし、楽なのである.

今、アベノミックスで経済や地方の再生を掲げているが、公金を使って、何をやるにしても、資本主義の原則、経済の原則、にかなわない政策は必ず頓挫するのである.過去の景気対策、産業政策、地域活性化政策,が成功していれば、今更、アベノミックスなどいらないはずなのである.いかに、これまでの政策が、この原則に従わず、ほかの思惑で行われていたかが分るのである.

以上、日本の凋落から脱出する為には、既企業のサラリーマン経営者は退任し,内外の手腕のある経営者や野望を持つ経営者を就任させる事、ベンチャーキャピタルを拡充して、若者の研究や起業を活発化させる事、大学の淘汰を進め、入学試験を廃止する事.等を述べた.暴論だろうか.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.03.23

319 グローバル化・ボーダレス化と日本の対応

昔から日本人はグローバル化やボーダレス化と言うと,『輸出や海外進出する事』をイメージするが,海外の商品や企業や人が日本に入って来る事は余りイメージしない.イメージしたとしても,国内の市場,制度,文化が乱れるし,受け入れる準備も出来ていない,として,拒否反応を示すのである.島国ならではの感情かも知れない.

しかし,今回のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の構想に日本が賛同しているのだから,『フェアー・フリー・グローバル・ボーダレス』に反するような島国感情は受け入れられないのである.

そこで,改めて『自由競争を守るグローバルな自由貿易』について,世界で議論されている協定を簡単にまとめてみた.(ウイキペデアより)

①関税および貿易に関する一般協定(GATT)

自由貿易の促進を目的とした国際協定である.現在は世界貿易機構(WTO)の一部を構成している.GATTは次の三原則により自由貿易を目指しているのである.

イ.自由(GATT11条:貿易制限措置の関税化及び関税率の削減)
ロ.
無差別(GATT1条:最恵国優遇,内国優遇)
ハ.多角
(ラウンド,交渉)

②世界貿易機構(WTO)

GATTウルガイ・ラウンドにおける合意によって,1995年,GATTを発展解消させて成立.基本原則はGATTと同じだが,物品貿易だけでなく金融,情報通信,知的財産権,サービス貿易も含めた包括的な国際通商ルールを協議する場である.現在159ケ国が参加.

(実際の地域間の貿易のルール作りはWTOを通した多国間交渉の形から,WTOを補う地域間の新しい国際ルールとして,次のFTAやEPAに移っている.)

③由貿易協定(FTA)

物品の関税及びその他の制限的通商規則やサービス貿易の障壁等の撤廃を内容とするGATT第24条及びGATS(サービス貿易に関する一般協定)第5条にて定義される協定.

④経済連携協定(EPA)

FTAの要素を含みつつ,締約国間で経済取引の円滑化,経済制度の調和,協力の促進等,市場制度や経済活動の一体化のための取組も含む対象分野の幅広い協定.

⑤地域貿易協定(RTA)

FTAと関税同盟の双方を含む概念.WTO協定上は,双方とも関税及びその他の通商規則の撤廃とサービス貿易の障壁の除去を内容とする.また関税同盟は参加国間の共通通商政策を前提として,対外的には共通関税を設定することがFTAと異なる.関税同盟の方がFTAより参加国内の統合度は高い.

現在,世界では3つの巨大な通商交渉が進んでいる.

・環太平洋経済連携協定(TPP)・・・・・・・米国他,日本交渉参加表明
・米欧自由貿易協定(FTA),・・・・・・・・・・・米国・EC
・東アジア地域包括的経済連携(RCEP)・・・中国・韓国,他

アジアにはアジア太平洋経済協力会議(APEC)を発展させ,2020年に,アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を作る構想がある.

中国は米国不在のRCEPを土台に,米国,日本はTPPを土台にFTAAPを目指す.FTAAPが形成されると,世界のGDPの半分を占める巨大経済圏になる.是によって,日本のGDPが7兆円増えると言う試算もある.

この様に世界の通商交渉は,刻刻と変化しているが,日本が交渉参加を表明したTPPの概要について次に触れておきたい.

環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)

環太平洋地域の国々による経済の自由化を目的とした多角的な経済連携協定(EPA)である.2006年5月28日にシンガポール,ブルネイ,ニュージーランドの4か国で発効した.

2015年までに全ての貿易の関税を削減しゼロにすることが約束されており,産品の貿易,原産地規則,貿易救済措置,衛生植物検疫措置,貿易の技術的障害,サービ貿易,知的財産,政府調達(国や自治体による公共事業や物品・サービスの購入など),競争政策を含む,自由貿易協定のすべての主要な項目をカバーする包括的な協定となっている.

2010年3月から拡大交渉会合が始まり,アメリカ,オーストラリア,ベトナム,ペルーが交渉に参加し,10月にマレーシアが加わった.大西洋条約機構(NATO)の太平洋版で『中国封じ込み』の感もある.

2010年11月に開かれたAPECで,TPPは,ASEAN+3(日中韓),ASEAN+6(日中韓印豪NZ)とならび,FTAPP(アジア太平洋自由貿易圏)の構築に向けて発展させるべき枠組みと位置づけられた.

現在,ASEAN+3,ASEAN+6は政府間協議の段階にとどまっているのに対し.TPPは交渉が開始されているのである.

2011年11月12日にTPP拡大交渉は大枠合意に至り,輪郭が発表された.その中で,次の事が挙げられている.

・包括的な市場アクセス(関税その他の非関税障壁を撤廃)
・地域全域にまたがる協定(TPP参加国間の生産とサプライチェーンの発展を促進)
・分野横断的な貿易課題を取り込み,APEC等での作業を発展させる
・既
協定及び,その後の課題に対応する為,協定を適切に更新する

尚,拡大交渉中のTPPは日本を加えた10か国のGDPを比較すると域内GDPの91%を日本とアメリカの2か国が占める為,実質は『日米のFTA』だとする見方もあるが,あくまでも,原加盟国4か国間で発効している環太平洋戦略的経済連携協定の位置づけは変わっていないのである.

さて,TPPによる『自由貿易圏の形成』に日本はどう臨むのだだろうか.TPPの理念や輪郭が決まっているだけに,後参加の日本の要求がどこまで受け入れられるのか,大変注目されるところなのである.

筋論で言えば,TPP構想に賛同しているのだから,『経済圏全体から,ボーダーを取り除く交渉』になり,極めて建設的な交渉になるはずである.

しかし,実際は,『他国にはボーダーレスを要求し,自国にはボーダーを設ける』交渉,『総論賛成だが各論は反対』の交渉になり,『筋の通らない交渉』になりそうである.

もし本当に,そんな交渉をするなら,『理不尽な日本』,『プリンシプルが見えない日本』と言う烙印を押され,『日本の信頼感も失われ』,挙げくに,『TPPへの加盟も出来なくなる』,のではないかと大変危惧するのである.

そんなわけで,『国益と言う我利我利』の主張する交渉ではなく,国が違う事によるボーダーを相互に認めつつ,各国がTPP構想の実現に向けて『ボーダーレス可能分野』の拡大を協議する場にして欲しいのである.

そして,決められた『各国共通のボーダレス可能分野』の実施に際しては,経過措置も含めて,各国の事情が加味される事も許容すべきだと思うのである.無限にあるボーダーを上げ連ねて交渉しても,TPP構想に反対の論理にしかならないのである.

この姿勢にもとづいて,『関税障壁』の問題と『非関税障壁』の問題を分けて議論しておきたい.

先ず関税障壁の問題だが,1988年の関税貿易一般協定・多角的貿易交渉(ガット・ウルガイ・ラウンド)の事に触れておきたい.

この交渉では,米に778%の輸入関税をかける事は許容されたが,毎年,一定量のコメを無税で輸入(ミニマム・アクセス)する事を義務付けられたのである

その結果,初年度40万トン,2008年度77万トン,が輸入されたが国内で売れず,赤字を税金で穴埋めする事になったのである.2011年度は362億の穴埋めだったと言う.

一方,農業対策費は8年間で6兆円を投入したが,土地改良等の農業整備事業のみならず,温泉施設などにも使われ,結局,民主党政権時の戸別保障制度も含めて,競争力強化に繋がらないまま,予算が投入され,今日に至っているのである.

そして今度のTPP交渉である.又,農業団体や族議員はこれに大反対である.落としどころはTPP加盟は認める代わりに,巨額の支援金を確保する事のように感じる.そんな事を繰り返せば,瀕死の農業に安楽死のお金を出すような物である.

本当にグローバル化に対応した農業の産業化を考えるなら,『こんな事をやって行くのでTPP加盟は賛成』と言うべきである.そんな建設的な発想なくして,農業はTPP以前に消滅するのである.

次に『非関税障壁』の問題であるが,

国内制度,例えば,資格,免許,国の許認可,手続き,規格,安全基準,環境基準,労働基準,特許・著作権などの知的財産権,プライバシー,性能,品質,税制上の優遇措置,等,相手から見ると合理性が乏しければ,参入障壁に見えのである.

そもそも,この『非関税障壁』は『海外参入の障壁』の為ではなく,『国内制度』として作られている.そして常に『規制緩和』を主張する『改革派』と,規制を守ろうとする『守旧派』が対立している問題でもある.TPPにおける非関税障壁撤廃問題も,是と同じ対立構造になる.そしてTPP加盟と言う外圧で,この攻防が一層激しくなるのである.

関税障壁は特例を除いて,既に低くなっている事から,TPPの主戦場は,この『非関税障壁の撤廃』,『制度の共通化』になると予想されるのである.

日本としては,安全,効率,フェアーを軸に国内の制度を見直し,自らを変える中で,『多国間の制度の共通化』をリードすべきである.ここでも日本の事情,国益を声高に言えば,総論反対の理屈にしかならないのである.

政府は100人のTPP体制を組むと言う.『グローバル化の理念と展望』をもって,世界平和のインフラとして,その実現に積極的に取り組んで欲しいのである.

最後に,島国日本の文化の特徴の中に,『内と外を分ける文化』があるが,このボーダーを,いかに低く出来るか,言い換えると,ドメステックな企業が国内も海外も一つの市場に見えるかどうかである.結局,日本のグローバル化,ボーダレス化は日本国民のグローバル化,ボーダーレス化の意識にかかっていると思うのである.まずプロ野球の閉鎖性から変えたらどうだろうか.

.

| | コメント (0)

2013.02.05

315 アベノミックスを支えるリフレ派経済学者の主張

阿倍政権は,デフレ脱却,経済再生を目指して,金融政策(量的緩和),財政政策(積極財政出動),成長戦略(民間投資誘導)と言う『3本の矢(アベノミックス)』を掲げた.このアベノミックスの実施に当たって,日銀は従来の政策を転換し,インフレ目標2%とした量的緩和を政府と共有する事となったのである.

アベノミックスに加えて,日銀の政策転換表明によって,その期待効果がさらに高まり,昨日現在で,1ドル93円,日経株価11260円となり,早くも,リーマンショック前の状態に戻したのである.

さて,このアベノミックスに批判もあるが,それに対する反論も含めて,アベノミックスを支える経済学者(浜田宏一氏,岩田規久男氏,竹中平蔵氏,高橋洋一氏,他,著名経済学者)の主張を私の知る範囲で,娯認識もあるかもしれないが,まとめてみた.

尚,上記経済学者の方々はリフレーション(金融緩和)の論者である.デフレで停滞した経済を正常に戻す為には,適切なインフレ率の設定の下で,通貨量の拡大が必要だと主張しているのである.

日銀は従来より量的緩和に批判的であり,小泉政権やリーマンショック後の麻生政権の量的緩和要請にも,答えないまま,今日に到っている.しかし,デフレによる経済の深刻さと,今回のアベノミックスで日銀は政策転換をする事になったのである.そして,量的緩和の具体的な方法,額,時期,は,4月からの日銀新体制に委ねられる事になったのである.

このリフレ派経済学者は,金融緩和派だけではなく,改革派でもある.いわゆる,

『量的緩和,規制緩和,公共投資,民間投資,なくしてデフレ脱却,経済成長なし』,
『成長なくして,雇用創出,財政再建,社会福祉なし』,その為に,
『金融と財政の一体改革』,
が必要だと主張しているのである.

次に,アベノミックスを支援する上記経済学者の考えを下記にダイジェストしてみたい.

『量的緩和が必要な理由と日銀の独立性の問題』

高橋氏の試算によれば,インフレ目標を2%とすると,量的緩和が60兆から80兆が必要となる.これを日銀が決断すれば,1ドル110円から120円,株価14000円から16000円が実現すると言う.

この量的緩和の期待感から,冒頭の円安,株高が始まっている事を見ても,量的緩和がデフレ脱却の処方箋になる事は間違いなさそうである.

そもそも,デフレとは通貨の価値が上がり,物価水準が下がる事で,投資も消費も控えられ,ますます物価は下がり,経済が縮小傾向に働く現象である.

又,ドルの量的緩和で円高が起っているが,円高は安く輸入出来るが,国内産業が駆逐され,輸出産業の競争力が低下し,産業が空洞化し,国内経済が縮小していく.結果,企業や個人の収入が減り,失業も増え,一般物価水準も下降して行くのである.

この経済の縮小傾向を止める為には,貨幣価値を落とす事が必要となる.これによって物の価値が上昇傾向に向かうと,投資や消費に資金が動き,為替レートも円高から円安に向い,輸出競争力が増し,国内産業が活性化するのである.これが,量的緩和が必要になる理由である.勿論,過度なインフレを防ぐために,インフレターゲットによる緩和が必要になる事は言うまでもない.

この量的緩和に反対の論者もいる.デフレの原因は中国からの安い商品の輸入,あるいは技術革新や効率向上で価格が低下する事にある,と言うのである.従って,量的緩和をしても物価は上がらないばかりか,日銀の独立性や通貨の信用を失うと言うのである.又,安易に量的緩和を続ければ,一気にハイパ-インフレ(通貨暴落,急速な物価上昇と言うが定義は曖昧)に向かう危険性があると言うのである.

これに対し,リフレ論者は,個々の商品の相対価格が下がる事が問題ではなく,これによって,需要が増えない事,一般物価水準が下落する事を問題にしているのである.理論的には相対価格が下れば,そのインセンテブで,他の需要が増え,一般物価水準が上がり,貨幣価値が下がるはずだと言うのである.

消費者マインドも含めて,一般物価水準が下がると言うことは,前述の通り,通貨の価値が上昇する事であり,ますます,投資や消費が抑制される.それを止めるには,通貨価値を下げる量的緩和が必要だと言うのである.

又,中国からの輸入が多い国でデフレが起こっていない事から見ても,中国からの輸入説は間違いだとしているのである.

次に,量的緩和を政府の圧力で実施する事は日銀の独立性からして問題だ,との批判に対し,リフレ派は,まず,独立性を縦に,デフレを許容するかのように,デフレを放置してきた事を問題視しているのである.やる事もやらずに,独立性を確保しようとする事は間違いだと,しているのである.

その上で,リフレ派は,独立性に潜む無作為・無責任性を排除する為に,通貨量と相関するインフレ率や失業率の目標を政府と共有する事,目標を達成する為に,日銀は専門的知見で,オペレーションをする事,を主張いしているのである.これは,国際的な常識であり,この際,日銀法を改定して,日銀の役割,責任を明確にすべきだと主張する論者もいるのである.

『国債金利の上昇,財政破綻の懸念に対する高橋氏の主張』

政府の借金が1000兆と巨額だが,資産も世界最大の650兆(内,換金可能資産は320兆)持っている.従って差額の350兆が純借金である.従って,借金のGDP比はそれほど高くない.それでも,650兆の資産より大きい1000兆の借金があるのだから債務超過に見えるが,政府には徴税権,造幣権と言う打ち出の小槌を持っており,ここが民間のバランスシートとは違うとしているのである.

この実態から,国債がデフォルト(国が利払いや償還資金が用意出来なくなる事,財政破綻)になる気配はない.1995年武村大蔵大臣は450兆円の借金残高で財政危機宣言をしたが,それ以来15年,借金を重ねても,金利も上がらず,財政破綻の気配さえないのである.

日本国債の信用はCDS(クレジット・デフォルト・スワップ,債務不履行のリスクをカバーする金融派生商品)を見ればわかる.これによると日本国債は1.4%程度で低水準である.言いかえると,日本国債のデフォルトは70年(100÷1.4≒70)に一度あるかどうかの確率と見られている事になる.この値はフランス(2.2%)より低く,ドイツ(1%)と似たり寄ったりである.ちなみにギリシャは90%である.

もし,数年で破綻すると考える人は,日本国債のCDSを買えば良い.例えば3年で4.2%(1.4×3年)払うだけで,破綻によって債権100%がもらえる事になる.こんなに儲かるのに,破綻論者に,このCDSを買う人はいない.

又,日本国債が暴落すると言う論調もある.ただし暴落とはどの程度の数値を言うのか不明である.言える事は,現在は超低金利であるから,経済が活性化すれば長期金利は上がる.長期金利が上がると,既発行の低金利債券は新債券に買い替えるる為に売られ,当然,価格が下がる.今後,国債価格が10%位下がることはあり得る.

又,借金の95%を国内で,しかも円建てで持っている事が危機にならない大きな理由である.場合によっては,急速なインフレを注意しながら,『金融緩和で借金を返済する事も,国債を買う事も』,可能なのである.

もう一つ言える事は日本全体としては『日本政府の借金=日本国民の債権』であって,外国の為替変動と連動して,価値が変動しない事である.この点が外貨建ての借金がある国とは決定的に違うのである.

この認識の上で,金融緩和,再生に繋げる財政政策や成長政策で,GDPが増え,雇用も税収も増え,財政再建も不可能ではないと,考えているのである.

従って,財政健全化のための緊縮財政は良い結果をもたらさないとしているのである.それより,『小さな政府』(資産売却,官から民,行政改革,規制緩和,社会保障費の合理化と抑制,等)への取り組みによって,政府予算規模を縮小して行く方が大事だとしているのである.

『景気対策は川上からか川下からか』

良くある議論に,景気回復の為の政府予算は,『川上から流すべきだ』いや『川下に流すべきだ』との主張がある.

前者は産業・企業に公共需要を起こし,又,重点分野へ民間投資を誘発させて,経済を上昇させようとする考え方である..
後者は人や家庭,あるいは弱者救済に,何らかの手当てを出す事で,消費需要を増やし,景気を回復させようとする説である.

経済の波及効果,そのスピード,未来産業の形成,を考えれば,多くの経済学者は当然,前者の説になる.後者は,恒常的な支出が伴い,経済への波及効果も乏しく,将来に向けた産業育成も難しくなる,と考えているのである.

又,賃金アップを景気回復の後でやるのか,先にやるのか,との議論もある.賃金は企業レベルの問題であるが,もし,景気対策として,企業の内部留保を賃上げに使うのか,設備投資に使うのか,となれば,設備投資に回ると考えるのが通常である.賃金に回れば,競争力が低下するからである.したがって,賃上げは景気回復なくしてあり得ない事になる.又,政治的には,景気回復による賃上げより,失業率の低下に視点を置く事になる.

『日銀が国債を買う事の是非論』

日銀が造幣資金で国債を買い上げるべきだと言う論者がいる.借金返済を棚上げに出来るからである.日銀に溜まった債権は適正なインフレ率が長期間経緯すれば,自然と目減りして行く事になる.ただ,紙幣を刷って国家予算を賄う事を続けると,日銀券発行残高が上昇し,ハイパーインフレになる危険性がある.従って,日銀による国債購入に限界を設ける事になる.との説である.

円発行のモラルが破壊され,禁じ手だと言う識者もいる.ただ現実に日銀が国債を買っている事実もある.はたして,どう考えて行くべきか,今のところ,金融政策では議論されていない.

『日本の経済再生に向けた高橋氏の主張』

日本の財政は破たん寸前ではないとしつつ,中期的には財政再建論者である高橋氏は昨年の消費税増税国会の参考人陳述で,増税以前にやるべき事を具体的に述べている.その骨子は次の通りである.

第1に,『経済対策』として,
①デフレ,欧州危機の中で増税は不適

②現在,財政再建の必要性なし,緊縮財政も不適
③金融政策(量的緩和)でデフレ解消が先
④量的緩和条件で投資効果重視の積極的公共投資(成長政策)
.

第2に,『税理論』として

⑤不公平の是正が先(徴収漏れ防止)
⑥歳入庁の創設が先
⑦消費税(応益税)の社会保障目的税化は誤り(社会保障は応能税で)
⑧交付税を廃止し消費税を地方税に(中央の行革と地方の裁量拡大).

第3に,『行政改革・民力活用』として
⑨行政改革,規制改革,で行政コスト削減,省益削減
⑩公共資産売却,埋蔵金の適正化.

論客の高橋氏らしく明確で論理的に政策を掲げたのである.多くは,日本維新の会,みんなの党の政策に採用されているのだが,アベノミックスにも,この考えが一部,取り入れられているのだが,もっと取り入れるべきだと思う.

これらの改革政策が前面に出ないと,アベノミックスは『金融緩和』と『公共事業のばら撒き』に成りかねないのである.

以上,アベノミックスによる経済再生について,その論理的根拠を著名経済学者の主張をもとに,まとめたが,さて,今後,日本の経済がどう推移して行くのか,政策の結果がどうなったのか,注力していきたいと思う.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧