テレビ

2007.10.01

114 放送と通信の融合

インターネットの発達,伝送技術の発達によって放送法,通信法が形骸化してきた.その本質を整理したい.

現在の放送法は電波の公共性を担保した許認可制度である.(実際は商業放送であるが)認可を受けた放送事業者(不特定者に情報を流す事業者)は放送の影響力、電波の公共性から、コンテンツ(放送内容)の公平性が求められる事になる.

一方,放送は放送目的の電波網以外に携帯電話網,インターネット網,等の通信網でも行われている.インターネットテレビ、オンデマンド映像配信、インターネットラジオもある.ここに放送法と通信法の融合問題が発生する.

伝送路の融合だけではなく,放送とは何か、報道とは何か、マスコミとは何か、報道・言論の自由と放送の公共性・公平性をどのように考えるか、ボーダーレスな通信網で国内法が成立するのか、など,の問題が発生してくる..

又,放送のデジタル化によって,放送内容の私的複製権も議論され始めた.複製しても画質や音声が劣化しない事から,著作権保護優先の規制問題である.インターネットのコンテンツ(画像・映像・音楽)の私的複製権の問題もある.

このような事態に対し、法的な整備はまだ出来ていない.私見であるが、縦割り(垂直統合の考え方)から横割り(水平統合の考え方)に法体系を作りかえるべきだと思う.横割りの考え方は次の通りである.

①プロバイダー
プロバイダーはコンテンツの発信機能を有している企業・団体・個人(従来の放送局、通信事業者を含む)を指し、認可もしくは届出制度で運営

②キャリアー
キャリアーは伝送路(有線、無線)を有している者を指し、認可制度による割り当てで運営、プロバイダーに伝送路を貸し出す事業となる.

③コンテンツ
コンテンツは不特定多数へのブロードキャスト・配信内容を指し、自主規制と刑法で規制、私的複製権はここで議論.(海外からのコンテンツをどのように規制するかの検討は残る)コンテンツ事業者はプロバイダーにコンテンツを提供する事になる.テレビで言えば番組作成と放送局を分離した考え方.

この考え方によれば、各事業者は分離しても良いし、併せ持っても良い事になる.事業の参入も活発になる.

現在、総務省で検討中だと思うが、どうするのか、その推移を見たい.

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2007.09.17

110 独占スポーツ番組

最近、バレーボール、世界水泳、世界陸上、世界柔道など、大会全体をテレビ局が独占放送する事が多くなった.テレビ局としては、視聴率アップに向けて、芸能人を入れたり、盛り上げる為の演出を入れる.客観的なスポーツの実況放送と言うより、バライティ番組のような感覚で独占番組が放送される.

ともすると放映料の見返りで大会内容に介入したりする.大きな競技大会もテレビ番組の為に存在する感じになりかねない.スポーツ界も選手も、人気を盛り上げたり、収入の面から、歓迎している向きもある.

一方、真剣にスポーツを見る方からすると、只で見られてありがたいが、これらのテレビ局の思惑は邪魔である.芸能人のコメントや応援は興ざめである.選手が芸能人のように扱われるのも抵抗感がある.

はたして、競技大会があって各局の放送があるのか、面白い番組作りの為に競技大会があるのか、観戦者にとって、スポーツの発展にとって、スポーツ選手にとって、どちらが望ましい事か考える必要がある.

テレビ局としても、報道の立場で放送するのか、番組作りの立場で放送するのか、を考える必要がある.これによって、放送の内容が変わってくる.

見る方からすると、独占放送より、各局が報道の立場で、放送した方が多面的、専門的になり、純粋に競技が楽しめるように思う.個人競技などは日本人以外の名勝負も見たいのである.

当ブログでテレビの危険性を述べているが、番組視聴率の為に、超えてはならない一線を超えてしまう危険性に触れた.24時間マラソンもしゃれや感動では済まされない.金を出すから、ここから飛び込んでくれ、と同じ、やらせの番組作りである.24時間マラソンが存在していて、それを報道する場合と全く違うのである.

テレビ局が番組作りの為にイベント、コンテスト、スポーツ大会等を主催する場合は報道ではなくなり、作り物になる.これに潜む危険性や報道と作り物の切り分けをテレビ局はどのように考えているのだろうか.

考えている間に、視聴率競争の中で、作り物の企画、番組がコストの面で、衰退するかもしれない.メデアの多様化で安物の番組が多くなり、本来の報道に回帰するかもしれないが.

余談だが、最近の食べ物番組が気になる.安上がりの割りに、ある程度の視聴率が稼げるからかもしれない.食べ物は自己責任と言うものの、いかにも油物、肉物で食料自給率や体を悪くする食べ物を吹聴している感じがする.テレビは放送コード以前に、良識が必要だと思うのだが.

表現の自由、報道の自由、の傘の下で、視聴率至上主義が社会をミスリードしているように感じる.視聴者は政治と同じように、今以上に見識や自立が必要な時代なのである.

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2007.01.29

79 テレビ局の課題

今始まった事ではないが,テレビの報道や番組作りに問題が絶えない.その問題,課題を列記してみた.

①話題を捏造する事がある.

テレビ局が同じ内容を繰り返し報道し,あたかも世間が大騒ぎをしているが如くの演出をする.視聴率を狙った,自作自演の拡声器放送である.嘘は無いかもしれないが,テレビによる'話題の捏造’に値する.

「こんな事が言われていますが」「こんな事が問題になっていますが」と話題沸騰のごとき言い方をして,視聴率をかせごうとする.言いふらしているのは自分なのである.

テレビ関係者はその事を百も承知で,影で舌を出しているのかも知れないが.見ている方も,そんな事は見抜いており,白けている事が多いのである.この事をテレビ関係者は気付いていない.

②テレビは報道機関ではなく放送機関と見た方が良い場合がある.

報道とは客観性の立場で取材し,自分の主張を言う事である.どうも客観性とは他人に言わせて,自分の意見を言わないことと理解しているようである.いや自分の調査能力,見識や自信がないからなのだろうか.

’新聞によれば’とやたら新聞を持ち出す,聞く程でもない事をやたら'専門家’に言わせる,ニュースはほとんど買ってきたものだ,は報道機関ではなく放送機関である.

③面白い番組作りに熱心なあまり,ニュースや事件を作る可能性がある.

ギャラを弾むから崖から飛び降りてくれ,試合で罵倒しあってくれ,反則をしてくれ,人気を出す為,あの選手に勝たしてくれ,など'やらせ’が裏で行われる可能性がある.テレビ局が客観的な報道に徹するか,興行主になるかの問題であるが,興行主になってしまう危険性がある.

又,台風や災害の現地からの報告に視聴率至上主義の姿勢が垣間見える時がある.多分,大変な事が起こっていると放送したいのだろうが,図らずも大した事が起こっていない時,そう言えば良いのに,番組の意図がなくなると思うのか,意地になって,少しでも大げさに言ったりする.明らかに,視聴率重視の姿勢が垣間見える瞬間である.

④報道番組,情報番組,バライティ番組,の垣根がなくなる.

これらの番組で,視聴率を上げる演出が優先し始めている.その結果,捏造,やらせ,演出意図に合ったコメント,が入り込みやすくなった.特に芸能人の発言は無責任で,間違いだらけ,でも許されると思っているのか,これを良い事に,芸能人を使って視聴率重視の番組作りに走っている傾向を感じる.

又,新聞によれば,週刊誌によれば,と伝聞情報に頼って,自ら事実を検証する事も無く,あたかも真実であるかのように,それらをネタにして番組を作っている感じがする.無責任,低コスト,で視聴率を稼ぐ手法なのだろうか.だとしたら,テレビの影響力の怖さを,無視していると思わざるを得ない.

⑤わかりやすさの為に事実が曲がる事がある.

面白く,わかりやすくする為に単純に割りきり,事実とギャップが生じる事がある.これも誤報,捏造,やらせと紙一重になる.バックに流れる映像も,いつの時点で,どんな状況で撮った映像かの注釈なしに,わかりやすさを演出する為,雰囲気を盛り上げる為,に流れている時がある.これも事実と違った印象を与える可能性を秘めている.

⑥建前と実態がかけ離れたて行く傾向がある.

建前で言えば,放送事業は公共性があるゆえに許認可事業であるが,これに基づく放送時間より,圧倒的に公共性とは関係ない,視聴率至上の番組やテレビショッピングの番組が多い.認可を取れば,何でもあり,建前と実態がかけ離れて行く傾向がある.特に,BS放送はテレビショップの為にある感じがする.

だとしたら,キャリア事業者(放送設備,放送網の時間貸し業者)とコンテンツ事業者(ニュース,娯楽等の番組作成業者,),番組放送者(広告と番組の編成)を分離した方が,良いかもしれない.

⑦テレビ局の広告収入は下降線をたどる.

チャネル数の増大,番組作りの重点志向,広告収入の減少で,安上がりの時間つぶしの番組が多くなり,益々軽薄な番組が増える.知恵を出さないと,テレビ業界は衰退するか,格差が広がる.キー局構造も改革が必要になる.そんな中で公共の電波が安物芸人の仕事場になって行く.同時に,番組出演者の中に閥が形成されて行く.

懸念する事は以上であるが,認可制度のあり方,事業者の分離化,放送とインターネットの融合,デジタル化による著作権問題,などなど,テレビをめぐる課題は山積みである.

テレビ関係者はこの問題に,どう答えるのだろうか.表現の自由,報道の自由,マスコミの使命,ジャーナリズム論,等の高尚な議論が’視聴率至上主義’'情報化社会'の中で,むなしく,霞む.’テレビとはそんなもんだ’と思って見るのも見識であるが.

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2005.09.27

17 NHK受信料問題

NHK受信料の未契約者、未払い者が合わせて1000万世帯あると言う.NHKは未払い者に対し法的処置を取るようである.果たしてこのメッセージが,未払い者,ひいては未契約者の減少につながるのか推移を見たい.

元来,NHKは国民の受信料によって運営される放送機関であり,放送法で受信機を持つ世帯は契約と受信料支払いが義務付けられている.これを前提とする受信料制度に変えるべきである.未払い者が多い中で,支払い料金で事業運営する事は,受信料が高止まりになり,未払い者撲滅の努力が不要になる.いくつかの提言をしたい.

①受信料制度の国民の認知度が低い

契約単位,車ナビ,携帯テレビ,携帯電話,パソコン,インターネットテレビ放送,集合住宅,寮,ホテル,ケーブルテレビ,受信料免除等ルールは定められているだろうが,この制度の認知度が低く,契約意識が遠のいている.認知度の向上努力,および受信料制度の単純化が不可欠である.

②受信料は100%契約前提で設定すべき

現在の未契約,未払い状態で現行の番組が出来ている事は,正直者が負担する事であり,不公平.これが未契約者,未払い者の存在を許している.放送法では国民の義務としており,ならば100%契約前提で受信料の設定が公平である.こうしなければコストダウン,契約促進,支払い促進の積極性が出ないし,法的措置の意義が薄い.

③従って,受信料は事業予算を受信家族数で割って決めるべし

未契約,未払いで受信料収入が少なくなり,事業が困難となるのは支払い者の責任ではない.現行受信料×支払い者数で予算化するのは筋違いである.

繰り返すが,100%契約前提の受信料にした上で,未契約,未払いの減少に取組むべきである.電気,ガス,水道などの公共料金は100%契約の上で料金やサービスが議論されているのである.

以上,NHKは受信料金に関する議論を避けているように思う.競争価格でない以上,税金,公共料金と同じように説明,議論,公開が不可決である.

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